えちえち体験談

20191204-少女と出会った夏

2020/01/23 08:31カテゴリ : エロくない体験談


(一)

 二〇〇〇年代、六月中旬。梅雨の曇り空の午後に、僕は地図も持たず、田舎道で背の低いワゴン車を走らせていた。清水足柄市のどこかだと思うが、今となっては定かではない。決して、金太郎の生地などというにぎやかなところではなく、寂しい場所だったので、たぶんどこかの峠道だと思う。
 知らない街へ就職して三年目。ついに、車を買った。中古で、それなりの性能だったが、はじめて自分の働いたお金で買ったので、うれしかった。ひまさえあれば、あちこちの道を探検していた。
 そのワゴン車に乗って、清水足柄市の峠道を走っていると、突然自転車に乗った少女が目に入った。あわててハンドルを切るが、驚いた少女の自転車は倒れてしまう。僕は車を止めて、駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
 少女は、怒った顔で僕をにらむ。ひざ丈の長いセーラー服を着て、田舎臭い身なりをしているが、百五十センチほどの華奢な身体に、長い髪をたらした美しい顔が座っている。僕は、見とれてしまった。
 彼女は、その美しい顔で、怒ったように言った。
「大丈夫そうに見える?」
「……いいえ。すいません」
「手を、かして」
「はい」
 威圧的な態度に一瞬ひるむが、少女に手をかして助け起こす。
 少女は、スカートのホコリを手ではらっていたが、突然、イタと声をあげた。急いで、スカートをめくってひざ頭を見ると、わずかに血がにじんでいる。
「あーあ……。キズバンは、持ってる?」
「持ってません」
「それじゃ、この道を五キロくらい行くと、雑貨屋があるから、そこで買って」
 少女は、そう言って、さも当然のように助手席に乗り込んだ。僕は、あわてて後部座席を折りたたみ、自転車をのせて運転席に座った。
 車の中はクーラーが効いていて、肌寒いほど涼しい。その風に乗って、少女の甘い香りがして、頭がくらくらする。僕は、自転車を気にしながら、ゆっくりと車を出した。
「いい車ね。幾らくらいするの?」
「中古で、百万くらいです」
「そんなにするの。ところで、あなたはなぜ敬語なの?」
「いや、加害者と被害者の関係だから」
「オーバーだよ。普通に話して」
「わかりました。あ」
 少女は、このときはじめて、声を上げて笑った。子供らしく、アハハハと。
「ところで、あなたは一流企業の人?」
「一流じゃないけど、一応大学出て、研究で就職したから」
「へー、そうなんだ。それで、仕事は楽しい?」
「うーん、難しいな。楽しいか、楽しくないの二択だとしたら、楽しくないのかな?」
「好きな職業に就職したのに、楽しくないの?」
「研究だってピンキリだよ。僕の仕事は、その最低の部類だね」
「難しいのね、好きな仕事につくのって」
「偏差値が、あと十ほどよくて、勤勉ならね」
「それって、七十くらい」
「そうだね。その上、高い倍率を突破しなきゃいけなんだけどね」
「大変なんだね」
「ねえ、あの店でいいの?」
「うん。駐車場は、向こうにあるから」
 商店街の駐車場に車を止めた。少女について雑貨屋に入ると、僕はカゴを持って、消毒液とガーゼ、それとキズバンを入れてレジに立った。レジのおばさんは、バーコードを読み取ると、コンドームはいらないかいと笑いながら言ったが、ふたりして苦笑いで断った。あきらかに、僕たちを冷かしている。気まずくて、ふたりして無言で店を出た。
 車まで来ると、僕は少女にたずねた。
「手当は、車の中でする?」
「うん」
 彼女は助手席に座ると、スカートをめくった。太ももの白い肌が、あらわになる。僕は、あわてて目をそらした。
「ねえ、なにやってるの? 早く手当てをして」
「え? 僕がやるの?」
「だって、自分ですると、怖いじゃない?」
「わかりました。失礼します」
 消毒液をひざにたらすと、一瞬ビクッとしたが、そのあとは傷口をふいても、我慢していた。最後に、キズバンをはって処置は終了した。ケガをさせたおわびに、ついでに買ってきたソフトクリームをあげると、美味しそうになめた。その横顔は、まだ大人になり入れていない少女だった。
 僕は、みずきがシートベルトをするのを確認すると、商店街の駐車場から、車をゆっくりと出した。
「ねえ、お兄さん。名前、なんて言うの?」
「大崎太一だけど」
「太一さんか。わたしは、坂木みずき。よろしくね?」
 なにが、よろしくなのかわからないが、僕もよろしくね、みずきちゃんと言った。
「みずきちゃんの家は、どこかな? 送って行くよ?」
「それは、やめた方がいいと思うよ。知らない男の車に乗ったなんて知ったら、お父さまに殺されちゃうから」
 冗談交じりではなく、真剣に言った。僕は、寒気がした。万が一、僕が少女に悪さをしたら、きっと追い詰められて痛い目に合うだろう。そう思わせるのは十分だった。
「バス停までで、いいから」
「わかった」
「ところで、わたしに勉強教えてくれないかなあ?」
 不意に言われたので、とまどった。みずきの顔を見ると、真剣だった。
「それって、もしかして、ただで?」
「そう。だめ?」
 みずきは、おずおずと遠慮深げに、そう言った。
 僕が、怪我をさせた手前、断りづらい。そして、僕がみずきに対して悪さをしないということは、みずきがさっき言った『お父さまに殺されちゃう』の言葉が抑止力になっている。
 この子は、思った以上に頭がいいのだ。
「それで、みずきちゃんは何年生なの?」
「高校二年生」
「それじゃ、余裕で大学入試に間に合うね」
「それって、オーケーってこと?」
「うん」
「ありがとう、大崎先生」
 そう言って、みずきはほほ笑んだ。ああ、この笑顔に弱いだなと、僕は自覚した。
 平日の昼間に、こんなところを車で流しているなんて、よほど暇人に見えたのか――実のところ、久々の代休だったのだが――僕はみずきの家庭教師を引き受けた。
「ところで、携帯は?」
「お父さまが、持たせてくれません」
「そうなんだ。じゃ、どこかで待ち合わせないと」
「それじゃ、家の近くのバス停で」
「バス停だと、人に見られるじゃないの?」
「本数が少ないし、めったに、人は利用しませんから」
「了解。それで図書館が、午前九時から午後七時だけど?」
「それじゃ、バス停に午前九時から午後六時まで、おねがいします」
「オーケー」
 彼女の家の近くの神奈中のバス停に、みずきと自転車を降ろすと、僕は足柄山を下って帰って行った。
(二)

 その週の、六月中旬の土曜日、午前九時。いまにも降りそうな暗い雲が空一面にただよっている。僕が、みずきを彼女の家の近くのバスの停留場にひろいに行くと、長そでのワンピースを着て、カーキ色のカバンを背負って待っていた。その姿は、この世の者とは思えぬほど、きれいだった。
「おはよう。待った?」
「九時十分前に着いたから、十分待ったわ。時間通りね」
 みずきは、そう言いながら助手席にまわると、ドアを開いて乗り込んだ。
「シートベルトは?」
「はい」
 みずきが、シートベルトをするのを確認すると、僕は車を出して、峠を下って行った。
「ところで、家の人になんて言って来たの?」
「近所の友達んちで、一日中勉強してくるって」
「そうなんだ。でも、家に人は、友達の家にお礼を言ってくるんじゃんない?」
「大丈夫。仲悪くて、めったに口をきかないから」
 峠を下ると、みずきはそう言って、細い道に立ち並ぶ街並みを見つめていた。古い建物ばかりが、せめぎ合って建っている。みな一様に、色合いが暗いのだ。僕の車は、その細い道をとおって、国道二四六号に乗った。
「二四六も、結構せまいところがあるんだね?」
 みずきは、昔の街道をそのまま国道にしたような箇所を総じてそう言った。この辺は、反対派が頑固で、買収に失敗したのだろう。
 僕は、おどけて言った。
「みずき殿。そうでござるよ。拙者、この界隈の家の者を、なんど説得したかわからんでござるよ。されど、きゃつら頑として動かなかったでござる。しかたなく、このようなしみったれた国道が、できてしまったのござそうろう」
「よく、わかったでござる」
 バカな掛け合い漫才をしている間に、目的地に近づいて来た。僕が、左にハンドルを切るとほどなくして、巨大な建物が見えて来た。
「わあー。大きいね」
「図書館は、その奥だよ。その大きな建物は、文化会館」
「へー、あれか。文化会館よりも小さいけど、なんか現代的な造りだね?」
 みずきは、フロントガラスから図書館を眺めると、つぶやいた。
「誰の設計か知らないけどね。さあ、中に入ったら、小さい声で話してね。それと、僕のことは、お兄さんと呼んでね」
 僕は、そう言って百台は収容できる駐車場に車を止めると、みずきとともに車を降りて歩いた。
 そして、図書館前まで来ると、その横にあるロッカーを指さして言った、
「カバンから勉強道具を出して、このロッカーにカバンを入れて」
「ずいぶん、めんどう臭いんだね?」
「書物の盗難防止だよ」
 百円玉を入れてカギをかけると、ふたりで勉強道具をかかえて図書館の扉を開けた。中に入ると、二階まで吹き抜けていて、外から見たよりも広く見える。館内は、本棚群がいくつも重なり、その間を歩いてゆくと、五人は座れる大きなテーブルが五つほどと、外壁に向いてひとりがけの机が二十ほどある。みずきを、その中のひとりがけの机に座らせて、僕は立って話した。
「ここなら、気が散らないでしょ?」
「うん。でも、人の顔が見えないから、寂しいね」
「みずきちゃんは、なにをしに来たのかな?」
「勉強?」
「わかればいいんだ。さて、勉強のしかただけど、全教科共通なのは、まず教科書を読んで練習問題をやる。それも、一冊が終わるまでできるだけつづけてね。そうすれば、記憶がつながるし、頭がその教科に適応する。一冊が終わったら、違う科目を同様にやる。全教科を三回やったら応用問題に入るけど、難しいから答えを見て書いて覚える。これは、僕が買ってくるからね」
「大変なんだね?」
「教科書なんて薄いから、やっていくと早く終わるようになるよ。教科ごとのコツは、そのつど、教えるから」
 僕は、そう言うと、勉強のしかたをまとめたプリントをみずきに差し出した。
「すごいね。まるで、先生みたい」
「先生は、勝手に教科書やれなんて、言わないけどね。それじゃ、まずやってみて」
「はい」
 まず、一年の数学の教科書を読んで、練習問題を解いてもらった。なんと左ききで、書いた文字が読みづらそうに思えた。しかし、本人は気にしてないようだった。十分ほどで、なんなく解けたのを確認すると、僕はみずきに言った。
「この調子で、教科書を終わらせて」
「はい」
「それじゃあ、英単語帳と、英会話のDVDと、科目ごとの応用問題集を、買ってくる。あ、三年の教科書も買ってこないとね。それじゃ」
 僕はそう言って、水分補給用に百円玉を十枚あずけると、車をとばし本屋に走った。必要なものをかごに入れたついでに、歴史の年表と豆本を押し込んだ。レジに行くと、相当な金額になってしまった。しかし、へんな所へ遊びに行くよりも、有効な使い道だと思うと、おしくはない。助手席に買った物を置くと、車を出した。
 図書館に戻ると、みずきは頭に手を当てて問題を解いていた。顔を見ると、少し赤らんでいるように見える。
「みずきちゃん、ちょっといい」
 みずきの額に手を当てると、少し熱っぽいように感じた。
「忘れていた。ちえ熱が出るんだった」
「ちえ熱?」
「若者が、急に頭を使ったら、慣れていない回路が使われて、発熱するんだ。僕も、かかったよ」
「道理で頭、痛いと思った」
「勉強は中断して、近くの店で、ごはん食べようか。僕は、カゼ薬買ってくるから」
 僕は、みずきの勉強道具をロッカーに入れると、彼女を車に乗せて国道沿いのファミレスへ向かった。この図書館は、不便な所にあると思った。歩いて行ける本屋も、スーパーも、ファミレスも、薬屋もない。あるのは、弁当屋と、飲み物の自動販売機だけだと。それでも、ドクターペッパーが置いてあるのが、うれしいが。
 ファミレスに着くと、みずきを降ろして、近くの薬屋へ自分の足で走った。ひさしぶりに、走ったので息が苦しい。ゼーゼー言いながら、カゼ薬を買っ来ると、涼しい冷房の下で、みずきはまだ食べていた。
「お兄さんの分。勝手に、注文しちゃった。カツ丼は好きだよね?」
 みずきは、カツ丼をほおばって、僕に言った。
「うん。大好きだよ」
「私も、大好き。あれ? 愛の告白みたい」
 みずきは、そう言って無邪気にほほ笑むと、カツ丼を食べつくした。
「はー、満足。ごちそうさま」
「いい食べっぷりだ」
 みずきは、ウフフと笑うと、カゼ薬を三粒飲んで、注意深く熱さまシートを自分のひたいにはった。
「ああ、ひんやりする」
 僕は、さっきのみずきの言葉を反すうして、カツ丼に舌鼓を打った。いつにもまして、美味いと感じた。
 食べ終わって、僕はレシートを持って席を立つと、みずきも席を立った。だが、なにかにつまずいて、倒れそうになる。僕は、みずきの腕をつかんでささえた。きゃしゃな腕だった。
「おっと、足元がふらついてるね。大丈夫?」
「なんとか」
 僕の肩につかまり外に出ると、とたんに汗が吹き出る。これじゃ、体調をくずしたら、なかなか治らないよなと思った。
 再び図書館に戻ると、少し休憩をとって様子を見ることにした。みずきは、イスに座って仰向けになってうたた寝をしている。長い髪が床に向かって、きれいな直線を作っている。誰もいなかったら、触れてしまうだろう。絵画集を広げて気を紛らわした。
 図書館の柱時計の針が午後三時をさすころ、みずきはようやく目を覚ました。思いっきり伸びをして、目をこする。まるで、猫が毛づくろいするように。
「おはよう、太一お兄さん」
「よく眠っていたね」
「ゆうべは、遅くまで小説を読んでいたから」
「そう。でも、睡眠不足で勉強しても、頭に入らないから気をつけて」
「うそよ。本当は、へんな所へ連れて行かれないか心配で、眠れなかったの」
 みずきのいたずらっぽい表情に、一瞬ドキリとする。これくらいの年頃だったら、そういう恐れを感じることはあるだろう。やはり、こういうことはしない方がいいのではと、思った。
 しかし、みずきの何者かになりたいという思いが、その恐れを凌駕したのであろう。彼女の気がすむまで、付き合うことにした。
「きょうは、もうやめして、ふとんで寝た方がいい」
 こう言うと、みずきは悲しそうな顔をする。もしかして、家にいたくない、わけがあるのかもしれない。しかたなく、図書館で勉強を続けさせた。
 午後六時に図書館が閉館するまで、みずきは勉強をつづけた。そして、クマができている目で、満足そうにわらった。
「きょうは、おりこうになった気がする。これを続けたら、きっとなんにでもなれるんだね?」
「そうだといいね。それよりも、必ず理解できるって思って勉強すると、能率が上がるよ」
「本当? それじゃ、今度からそうする」
 帰りの車の中で、無防備でみずきは眠ってしまった。僕は、みずきを彼女の家の近くの神奈中のバス停で降ろすと、テールランプを三度点滅させて『マタネ』とサインをして、帰路についた。
(三)

 翌日の、六月中旬の日曜日。この日は、前日と打って変わって、太陽が強く降りそそぎ、とても暑く感じた。みずきは、麦わら帽子に、半そでのピンクのワンピース姿で現れた。麦わら帽子が、いやおうなしに夏の到来を告げる。
「どうしたの?」
「いや、夏だなと思って」
 みずきは、シートベルトをしめて、不思議そうに僕を見つめる。僕は、なんでもなさそうにゆっくりと車を出した。
 みずきは無邪気にラジオのスイッチを入れて、FMの放送局のボタンを押した。雑音交じりにコルトレーンの枯れたサックスが流れる。みずきの身体は、それに合わせてゆれた。
「体調は、よくなった?」
「うん。たっぷり寝てから。それよりも、これ、なんて言う曲?」
「ジョン・コルトレーンのマイ・フェイバリット・シングス。もう、三十年も前の曲だよ」
「ふーん、いいな。こんなに格好よく楽器できるなんて。太一兄さんは、なにかできるの?」
「いや。聴くの専門だよ」
 本当は、いろいろ楽器をやったのだが、下手なのでうそをついた。コルトレーンは、サックスを弾いていて、気持ちいだろうが、僕はどんな楽器を弾いても気持ちよかったことなど、一度としてなかった。むしろ苦しかった。それでも、いい演奏を聞きわける耳を少なからず持っていることは、唯一の救いだ。
「あー、私もなにかひとつ、誰にも負けないくらい楽器ができたらいいのに」
「それ、僕も思うよ。なにかきっかけがあって楽器を弾いて、それが他人に聴かせるくらいの腕で、それがレコード会社の人の目にとまらないにしても、食える程度の楽器の先生になれたら幸せだよね」
「他人に聴かせるくらいの腕になるのは、簡単じゃないって言いたいんでしょ?。わかってるって。だから、勉強しようと思ったんでしょ。まったく、いじわるなんだからー」
「わるかったね。ところで、サックス興味あるの?」
「え? まさか吹けるの?」
「いや、僕は吹けないけど」
「そうか。残念」
 ラジオは、コルトレーンを二曲流した。僕たちは、この会話以降、だまって耳を傾けた。図書館までの距離は、短く感じた。
 大きな駐車場に車を止めると、図書館までの短い距離を歩いた。
「ねえ、あのポスター。太一兄さんに似ているね?」
 みずきは、文化会館の前にある掲示板を指さし、言った。
「そうか?」
 僕は、関心なさそうに、そう言った。サングラスをかけた四人の男を、下からあおっているポスター。そこには、JCカルテットが九月の第一土曜日に大磯のクラブで、千円でコンサートをやると書いてある。
「もしかして、JCって、ジョン・コルトレーンのイニシャル?」
「そうだね。素人が、コルトレーンのまね事をするんだろう」
「ふーん、下手そうだね?」
 僕は、その問いには答えずに、ほほ笑んで図書館に入って行った。机は、昨日使った物が空いていた。みずきは、その席に座ると、勉強道具を広げて、首や手足のストレッチをはじめた。
「お、いいね」
 僕がそう言うと、みずきは笑みをうかべ、「そうでしょう?」と言った。
「きょうは、なにをするの?」
「昨日の続き。一年の数学を、今日中に終わらせるから」
「それが終わったら?」
「二年と三年の数学を平日もやる。みっちりと」
「いいね。半端な時間は、どうする?」
「半端な時間は、英単語を覚える。文法は数学が終わったらはじめる。英会話はそれが終わってからする」
「数学を終わったら、英語、そして化学と物理だね。うん。それで、いいんじゃない」
「ところで、いくら考えてもわからない時は?」
「人に聞く。もちろん、僕も含めてね。わからないのに、ほっとくのはよくなくから。ほかに、質問がなかったら、はじめて」
「はい。お兄さん」
 みずきは、そう言うと、勉強をはじめた。僕は、みずきが勉強している間、小説を読んで時間を潰すことにした。
 小説を物色すると、新しい物は少なくて、読みたい本は、なかった。しかたなく、きのうとは違う絵画集を探すと、最近、テレビ番組で取り上げられたヨハネス・フェルメールの絵を見つける。やわらかいタッチで女性が描かれており、とくに真珠の耳飾りの少女は、四百年も前に描かれた作品なのに、今にも動き出しそうに、みずみずしい。みずきに少し似ていると思った。
「あれ? 大崎さん」
 一年年上の事務、清水弥生が、小さい子供の手を引いて、近づいてくる。僕は、悪いことでもしているように、あわてて絵画集を閉じた。
「こんにちは、清水さん」
「暑いから、ここで遊ばせにきたんだ。でも、珍しいですね。大崎さんが図書館で調べ物なんて?」
「いや、親戚に子供の勉強見てくれって頼まれたんだ」
 みずきは、急に自分に話題をふられて、あわてて頭を下げる。その拍子に、かわいい消しゴムが、机の上から転げ落ちた。それを、清水弥生が、ひろいあげて、みずきの手に渡した。清水弥生の大きな胸が、ゆれる。
「ありがとうございます。みずきです」
「いいえ、こちらこそごめんなさいね、みずきちゃん。ねえ、大崎さん。ずいぶん、きれいな子ね。もしかして、不純異性交遊?」
 清水さんは、いたずらっぽく僕を、にらむ。
「まさか。こんな不純異性交遊があるかい」
「そうよね。どう見ても、勉強しているよね」
「そんなことよりも、清水さん、子供いたんだ。ショックだな」
 そう言って、僕はアハハと笑った。
「ちがうー。お姉ちゃんの子供だよ」
「へー。かわいいから、てっきり清水さんの子供だと思った」
「またー、口がうまいんだから。それじゃ、あんまり話していたら、いけないから、行くね」
「それじゃ」
 清水弥生は、上機嫌に絵本が置いてあるコーナーに向かった。僕の、緊張はつづくことは、目に見えている。昼食をおごって、懐柔することにした。
「ねえ、みずきちゃん。少し早いけど昼食にしようか?」
「うん。いいよ」
「それで、清水さん、さそっていい?」
「いいですけど」
 みずきは、僕のあとに着いて来た。僕は、清水弥生のいるコーナーに行って、声をかけた。
「僕たちはこれから、国道沿いのファミレスへ行くけど、清水さんたちも一緒にどう? よかったら、おごらせてよ」
「え。それって、買収? やだよ。共犯になるのは」
「なーんだ。めずらしくおごろうと思ったのに」
「うそうそ。ゴチになります」
「カズキ。おじさんが、おごってくれるって」
「おじさん、ありがと」
「えらいね、僕。ちゃんと、ありがとうが言えて」
 子供は、清水弥生と一緒になって満面の笑顔をうかべた。本当に、親子みたいだ。僕は、一瞬自分が子供のもう片方の手を引いて、歩いているところを想像してみた。悪くなかった。
 僕の車に乗って、ファミレスヘ向かうと、清水弥生はみずきに話しかけた。
「ねえ、本当に大崎さんの親戚?」
「そうです。従兄の子供だったっけ?」
「いいや、違う。従兄の奥さんの姪だよ」
「……それって、血がつながっていないじゃない?」
「そうだね」
「きゃー、えっち」
「なに言ってるんだ、この人?」
「大崎さん、この子。高校何年生?」
「二年です」
「まずいよ、やっぱり。……ねえ、私にしたら?」
 僕は、驚いてルームミラーに映った清水弥生を見ると、うるんだ目で僕をみつめている。
「やだな清水さん、からかっちゃ。それに、みずきちゃんだって、こんなおじさんは嫌だって」
 そう言って笑い飛ばした。
「それに、みずきちゃん、これから偏差値七十目指すから」
「まさかー」
「まあ、それくらい目標にすれば、大体無難な偏差値に落ち着くから」
 僕の失敗は、入試をなめて模試中心に問題をやって、それからもれた基礎的な問題が解けなかったことにある。数学で言えば微積・行列・確率がなんなく解けて、統計・そのたの問題が苦手だったのだ。手抜きで、高い偏差値を保っていたむくいだ。だから、みずきには教科書に書いてある全分野をおさえて、それから応用問題をやろうと思った。
「みずきちゃん、本当?」
「はい。偏差値七十を目指してます」
「それなら、大崎さんに教えてもらうより、プロにまかせる方がいいんじゃない? そう、予備校へ行くとか?」
「私の親は偏屈で、お金は出してくれません」
「そうなんだ。大変だね……」
 僕は、このときおかしなことを考えていた。日替わりのかわいいワンピース、新しいカバン、いつも整った髪。父親は、決してネグレクトではない。むしろ、溺愛している。だが、決して外界との交わりを許してはいない。もしかして、みずきを手元に置いていたいのではないのか。それが、いつか埋めきれないミゾにならなければいいだがと、僕は危惧した。
 それ以降、皆は黙って、車はファミレスに着いた。車を降りて店に入ると、ウエイトレスに席に案内される。メニューを見ながらも、横目でみずきを見ると、いづらそうにしている。清水弥生を誘わなければよかったと思った。
 そのとき、ふいに清水弥生のほうを見た。彼女が怖い目でみずきのほうをにらんでいたのだ。
 僕は、しまったと思った。清水弥生は、真剣に僕のことが好きだ。それなのに、話の中心をみずきばかりにしてきた。あんなに、人なつっこい清水弥生なのに。そう思うと、彼女に話題を振っていた。
「ねえ、清水さん。どれが、おいしいの?」
「え? 和風ハンバーグとか、美味しいんだよね」
「じゃ、それにしようかな。飲み物は、どうする?」
「私は、紅茶がいいけど?」
「それじゃ、清水さんと同じでいいや」
 それから、ウエイトレスを呼ぶと、和風ハンバーグと紅茶を注文した。清水弥生とみずきも、同じものを注文した。僕は、それからも、なるべく清水弥生に話しかけるように、気をつけた。
 食事が終わって、図書館に戻ると、清水弥生は再び絵本コーナーへささって、子供に絵本を読んで聴かせた。僕は、なるべくみずきに話しかけないように気をつけた。
 清水弥生は、二時間ほどたつと、子供と手をつないで、上機嫌に帰って行った。僕は、ホッとした。みずきの勉強が終わるまで、探しあてた小説を読んだ。
(四)

 翌日の、六月中旬の月曜日。僕は、半そでの制服を着て朝の体操に駐車場に出ると、ミニスカートの制服を着た清水弥生に近づいて行った。
「おはよう、清水さん」
「おはようございます、大崎さん。昨日は、ごちそうさまでした」
「いいえ。こちらこそ、楽しい食事をありがとう」
「……それって、いやみ?」
「そんな。違うよ。それで、会社終わったら、話があるんだけど」
「……うん。わかった」
 午後六時に仕事を終わらせると、中庭の鯉をながめて待っていた清水弥生に声をかけた。
「清水さん。まった?」
「ううん。私も、さっき終わったとこだけど」
「それじゃ、僕の車で行く?」
「どうしようかな……。車取りに戻るの大変だから、二台で行こう?」
「オーケー」
 清水弥生は、僕のあとにおとなしい走りで着いて来た。彼女の車は、僕の車にくらべて、馬力が高くて吹け上りがいい。僕のあとに着いてくるのは、いらだたしいと思うが、それをまったく出さずに着いてくる。
 しばらくすると、車は細く急な坂道を上りはじめた。右に左にハンドルをきって忙しい。その上、対向車に出会う。なれない僕には、けっこうきつかった。
 ようやく、頂上近くの展望台に着くと、駐車場に車をとめて降り立った。そこからでも、十分に夜景は見えるが、展望台にのぼってながめると、下界一面に色とりどりの光が輝いている。
「きれいだね?」
「うん」
「ねえ、清水さん」
「……うん?」
「僕と付き合ってよ」
 僕が、そう言ったとたん、清水弥生は泣き出してしまう。
「断われると思って、覚悟してたんだ」
 そう言って、清水弥生は顔をおおって、大声を出して涙を流した。僕は、彼女の肩を抱いて、泣き止むまでそうしていた。三、四組のカップルが、心配そうに僕らを眺めていた。
 僕が、清水弥生と付き合うわけ。それは、彼女の思いが僕に伝わったからであり、いい身体をしていたからであり、なによりも、僕とみずきの関係を破滅させる臭いがあったからだ。
「ねえ、清水さん」
「やよいって、呼んで」
「弥生。なんだか、てれるね」
「うれしい」
 清水弥生は、そう言って僕のほおにキスしてきた。僕は、彼女の腰を抱きよせると、唇にキスした。彼女の舌が僕の前歯を押しひろげ、舌にからみ着く。頭がしびれるように心地よい。僕は、彼女のあまい唾液を飲み込んだ。
 下半身を彼女のお腹に強く押し当てられ、僕の興奮はさらに登って行く。すぐに、抱きたいと思ったのだが、その前に食事をとらないと、ガス欠になる。
「弥生さん。これから、どこかで、ごはんたべない? どこが、美味しい?」
「この前のファミレスでもいいけど、いやじゃなかったら、安くて美味しい店があるんだ?」
「うん。そこに行こう」
 あのファミレスに行くと、この前のやり取りを思い出してしまうと思ったのだろう。僕は、清水弥生の車に着いて、峠を下って行った。
 隣り町の商店街の一角にある焼き肉屋。そののれんをくぐると、いせいのいい声がした。
「いらっしゃい。あれ? 弥生」
「ただいま、おかあちゃん」
「それで、こちらの方は?」
 清水弥生の母親は、うれしそうにそう言った。
「会社の一年後輩で、大崎太一さん」
「どうも、弥生さんには、いつもお世話になっています」
「いいえ、こちらこそ、こんな娘ですみませんね。きょうは、なんでも、食べてくださいね。ごちそうしますから」
「どうも、すみません」
 どう見ても、だまし討ち。しかし、彼氏と紹介しなかったのは、恋のルールに反すると思ったのだろ。僕は、少しの緊張をしいられたが、清水弥生の母親の優しい言葉に、ホッとした。
「ねえ、適当に頼んじゃていい?」
「メニューあるんでしょ?」
「うん。あるけど……」
 清水弥生は、少し躊躇してメニューを差し出す。そこには、”韓国焼肉”と書いている。下を見ると、カルビ、サムギョプサルなどの、見慣れぬ文字が。
 僕は、選択を迫られている。ここは、韓国系のお店。当然、主人も韓国系だろう。そして、その娘もそうだろう。もしも、韓国系と付き合うのがいやだったら、ここでゴメンと言って、あのトビラから出ていく。OKだったら、メニューから食べたい物を選んで、ビールをいただく。しごく、簡単なことだ。
 僕は、後者を選んだ。当時は、韓国系に対して深く考えたことがなかった。知り合いと言えば、大学の先輩にひとりいたぐらいだ。よく、麻雀をやったのだが、いつもニコニコして、決して声をあらげて怒らなかった人だ。その人から、韓国人は優しい人たちだと、印象が刻まれている。だから、この選択は僕にとっては、ハードルがとても低かったのだ。
「カルビって、アバラなんだ。サムギョプサルは豚肉なんだね。僕は、こういう店は来たことがないから、やっぱりどれを頼んでいいかわからないよ。弥生、選んで?」
 僕がそう言うと、清水弥生はなき笑顔で、わかったと言った。まず、ビールをふたつ頼むと、カルビ、プルコギ(味付き牛肉)をそれぞれ三皿ずつ頼んだ。
「カンパーイ」
 喉を鳴らして飲む。最初のひと口が、美味しいんだ。顔を見合わせて、にっこりとほほ笑んだ。焼肉は美味しくて、ついビールが進んでしまう。酒に弱い僕は、いつのまにか眠ってしまった。
 気がつくと、僕は知らない布団の中で、裸で寝ていた。そして、隣には肩を出した清水弥生がスースーと寝息を立ててる。腕時計を見ると、真夜中の一時半だった。
 僕は、そーっと布団を抜け出して、床にたたまれた中からパンツをひろいあげると、はこうとした。
「あれ、起きちゃったんだね。行くの?」
 清水弥生が、眠そうに目をこすって言った。
「うん。帰ってシャワーあびないと、このままじゃ会社、行けないから」
「うちのシャワー使えばいいでしょう。それよりも、もう一度、抱いて」
「えー、ご両親に聞こえるよ」
「大丈夫。下の部屋で寝てるから」
 清水弥生は、そう言うと、布団を広げて入って来いという。僕は、清水弥生の大きくて形のよい胸に、ゴクリとツバを飲み込むと、布団の中に戻って行った。

 翌日、僕はいつわりの仮面をかぶって、研究室を徘徊していた。昨夜、清水弥生を抱いたのだが、目をつむるとみずきを抱いているような錯覚におちいった。何度、『みずき』と呼んでしまいそうになったか、わからない。清水弥生を抱いたら、すべてが丸く収まると思ったのに、こんなに、みずきを好きになっていたのかと、困惑する。
 しかし、清水弥生を抱くことによって、心のバランスをとっているのは明らかだった。
「先輩。顔色が悪いですね?」
 新人の武田やすしが、話しかけてきた。
「なにか、あったんですか?」
 この男は、さも心配するようなふりをして、人の秘密をだれかれかまわず、言いふらす。一度なぐろうとしたが、先輩に止めれらた過去がある。それ以来、適当にあしらっている。
「武田くん。じつは、大きな隕石が、落ちてくるらしいよ」
「まさか……?」
「あと、数時間で大気圏に突入すると、NASAが発表した」
 僕が、力なくそう言うと、後輩は研究所の窓から、上空を見上げて、何度も『まさか……』とつぶやいた。僕は、後輩をほったらかしにして、NMR――核磁気共鳴装置――の測定室へ入って行った。 
 一日の仕事が終わると、僕はむしょうに清水弥生を抱きたくなった。人のいない研究室のテーブルの上に、事務の清水弥生をおさえつけて、名前を間違えないように明るい電灯の下、彼女の身体を犯した。
「ねえ、コンドームしないけど、子供ができたらどうするの?」
 三日目になって、清水弥生は僕にたずねた。さすがに、心配になったのだろう。
「子供ができたら、結婚しよう」
「うれしい」
 清水弥生は、そう言って、ザーメン臭い唇で、キスしてきた。僕は、なるようになれ。そう、心の中でつぶやいた。
「あれま。なにやってるの!」
 見ると、会社の寮のおばさんが、怖い顔をして、立っている。
「すみません」
「まったく、若いんだから。でも、ここでするのは、やめてね。私が、責任取らされちゃうから」
「はい」
 僕たちは、服を急いで着ると、研究室のカギをかけた。その晩は、僕のアパートで、電灯は消さないでつづきをやった。
(五)

 次の六月下旬の土曜日は、土砂降りだった。みずきを迎えに行くと、白いレインコートを着て、赤い色の長靴をはいて、赤い傘をさして待っていた。
「早く乗って」
 僕が、そう言うよりも早く、みずきは車のドアを開けて、助手席に乗り込んだ。髪から、しずくがしたたり落ちる。僕は、洗いたてのタオルを頭にかけた。
「ありがとう、お兄ちゃん」
 みずきは、髪をふきながらそう言った。僕の呼び方が、お兄さんから、お兄ちゃんに変わった。
「すごい雨だね」
「台風が、低気圧を刺激しているからね」
 自分の声が、うれしくて震えているのが、わかる。しかし、みずきは気づいてないようだった。僕は、ひそかに息を吐いて車を出した。
「えー、進路からずれているんでしょ? それで、これ?」
「きょうは、やめる?」
「いや! 絶対勉強つづける」
「よく言った」
「でも、覚えた先から忘れるの。私って、おバカなのかな?」
「数学もそうだけど、三周くらいすると、だいたい覚えられるから、気にせずにつづけたらいいよ」
「わかった。つづけるよ」
 話してみると、平日の授業時間もかくれて教科書のつづきをやっていたらしい。数学の1、2、3は終わって、これから英語の文法に入ると言った。僕は、みずきの集中力に満足した。
 図書館に着くと、雨は小降りになって、雲間から太陽がさしてきた。もうすぐ七月になろうとしている。あと少しで、梅雨が明ける。みずきは、レインコートを脱いで傘をささずに歩いた。
「うあ! 太陽が、まぶしい」
「雨が降ると、空中のちりを洗い流してしまうからだろうね」
「そうなの?」
 みずきは、そう言って、水たまりの上を飛び越えて行った。かろやかに。本当に、かろやかに。
 図書館に入ると、みずきはいつものように、勉強を始める。勉強のしかたにもなれて、ちえ熱で頭が痛くなるようなことはなかった。僕は、本だなの中の読みかけの小説を探し当て、つづきを読んだ。
「お兄ちゃん? ねえ、お兄ちゃん?」
 気づくと、みずきが僕の肩をゆらして、小さな声でささやいている。
「あれ? 僕、寝てたのか?」
「そうだよ。大きなイビキかいて」
「うそ?」
「冗談だよ」
「よかった。ところで、今は……」
 柱時計を見ると、午後の二時すぎだった。無理もない。連日のように、清水弥生を遅くまで抱いている。
「ごめんね。すぐ食べに行こう」
「うん」
 外へ出ると、雨は小降りになったが、あいかわらず降っていた。僕は、ひとり傘をさして車に乗り込むと、図書館の前に車を止めた。それを待っていたみずきは、傘を差さずに走って来た。
「ぬれたでしょう?」
「たいしたこと、ないわ。それよりも、きょうはファストフードのお店がいいな」
「わかった」
 ファストフードのお店へ着くと、みずきは、うれしそうに店の中に走って行った。僕が、遅れて中に入ると、夢中でメニューから選んでいた。よほど、食べたかったのだろう。子供のように感じた。僕は、普段食べないので同じものを選んで、みずきが取ってくれた席に座って待っていた。
 そう言えば、みずきに話さないといけないことがある。僕は、言いずらそうに、口を開いた。
「ところで、……僕のことだけど」
「なに?」
「この前、図書館にきていた清水さんと、付き合うことにしたから」
 そう言うと、みずきの表情は見る見るうちに青ざめていった。
「みずきちゃん、心配しないで。みずきちゃんの勉強は、僕が見つづけるから」
「本当?」
「本当だよ」
「よかった」
 みずきは、心から安心しているようだった。そのことに、僕は少なからず落胆した。予想していたことではあるが、僕はみずきの兄のような存在であるのだ。決して、恋人として僕を見ていたわけではない。僕は、笑顔を作って言った。
「もう、この間みたいなことは、ないから」
「もしかして、そのために付き合うの?」
「いや、前からいいなーと思っていたんだ」
「そうなんだ……。おめでとう、そしてありがとう、お兄ちゃん」
 そのとき、ちょうどウエイトレスが来て、オーダーしたメニューを持ってきてくれた。僕たちは、ありがとうと言うと、笑顔でハンバーグにかぶりついた。ひさしぶりに食べたハンバーグは美味くて、夢中で食べた。そして、もう一つ頼もうかとメニューをながめていた。
 そのとき、僕の肩を叩く奴がいた。
「え?」
「やっぱり、大崎や」
「えーと、江波?」
 なつかしい顔――と言っても、二年と半年ぶりではあるが――の江波圭太が、笑っている。その後ろには、東伸一と、長船五郎が笑っている。彼らは、大学時代に、神楽坂のジャズクラブで意気投合して、JCカルテットを組んでつるんでいた。しかし、大学を終わると同時に、僕は音信を絶ったのだ。
「まだ、仲良くつるんでいるのか?」
「おう、そうや。俺ら、九月の第一土曜日に、セッションやるんやぞ?」
「知ってるよ。近くの文化会館にポスターはってあるの、見たから」
「どうよ? 格好よく写っていたやろ?」
「ああ。サングラスがよく似合ってたな」
「そうだろう?」
 僕たちの乾いた笑い声がひびく。サングラスは、夜店で買った安物で、自嘲的な意味合いでかけていたのだ。
「ところで、このお嬢ちゃんは、誰なのかな?」
 そう言って、ぞろぞろとトレーを持ってこちらのテーブルに移動してきた。まるで、白状しないと、帰さないぞと言っているように。
「しょうがないなー。一応、大学出て恥ずかしくない職業についている奴らだけど、紹介していい?」
「……うん」
 多少の動揺はあるようだが、みずきは作り笑顔でそう言った。
「親戚の子で、坂木みずきちゃん。高校二年生。家庭教師を頼まれたんだ」
 僕が、そう紹介すると、奴らは我先に自己紹介をする。言葉が、かぶってなにを言っているのかわからない。それでも、みずきは彼らの名前を言い当てた。
「みずきちゃんは、すごいね。まるで、聖徳太子や」
 江波の関西弁は、どこかおかしい。彼の言い分では、小学校低学年まで関西に住んでいたからしい。僕の父親の広島弁も、正式な広島弁とかけ離れているので、そういうもんだと思っている。
「で、本題にはいるけど」
「なんだよ。急にかしこまって?」
「実は、ピアノ頼んでた奴が、出張でインド行っちゃったんだ」
「そりゃ、ついてないね」
「そうなのよ。それで、来月の第三土曜日。ピアノ、弾いてくれへんか?」
「やだよ。下手だし、もう、二年も触ってないから」
「頼むよー。ごしょうだ」
 江波は、そう言って、おがむ真似をする。
「だめだよ」
「そうか。しかたないな」
「なんだよ?」
「お前、みずきちゃんとは、どういう親戚なんや?」
「従兄の奥さんの姪だよ」
「おかしいなー。そんなに離れた親戚に、こんなかわいい子をあずけるなんて。俺だったら、警戒してふたりきりでは、絶対に合わせへんよ」
 僕は、失敗したと思った。もし、近い親戚だと嘘をつけば、すぐにバレる。そう思って、遠い親戚としたのだが、親の気持ちを考えなかった。
 しかし、ここは、言い張るしかない。
「その子の親に、もしも悪さしたら、殺すって言われているから」
「それでも、あずけないね、親だったら」
 僕は、ぐうの音も出なかった。確かにそうだ。僕は、みずきと一緒にいたくて、心の中でごまかしていたのかもしれない。
「なあ、頼むよ。弾いてくれよ」
「……負けたよ」
 完全に敗北したのだった。江波たちは、喜んで僕に握手を求めた。僕は、苦虫を噛み潰したような顔で応じた。
「あのー、本当ですか?」
 みずきは、半信半疑の顔で、江波にたずねた。
「ん、なにが?」
「お兄ちゃんが、ピアノ弾けるなんて?」
「なんや、知らんのか? 大学時代は、その腕で、次々と女をとっかえひっかえ……」
「こら、江波。いい加減にしろよ」
「と言うのは嘘で、聡子一筋……。あ、わるい」
 今井聡子は、大学時代の恋人だったが、卒業とともに別れを言われた。田舎に就職が決まると、とたんに将来が見えなくなったと言われたのだ。
「ところで、お前ら、なんでこんなとこで、俺を待ち伏せていたの?」
 東伸一が、頭をかいて口を開いた。
「いや、お前の実家から住所と携帯電話の番号聞いたんだけど、電話したら絶対逃げるって、長船が言うし……。それで、地図見ながらきたんだけど、わかりづらいし……。雨は、激しいし……。疲れて、腹減ったし……。そしたら、見な慣れた看板が」
 そう言って、東伸一は自分のトレーからポテトをつまむと、口に入れた。
「お前ら、小学生か?」
「すみません……」
 三人は、そろって頭を下げた。そのあとは、食べる暇がないほど、みずきを質問攻めだった。かわいいけど、スカウトされない? お姉さんはいるの? 将来スターになったときのために、サインいい? 大崎といると、タレントとマネージャーだと見られない? など。まったく困ったものだ。
 慣れない質問攻めに閉口したのか、みずきがトイレに立つと、三人は僕にたずねた。
「おい、いくら高校生とはいえ、あんなかわいい子に手を出せないなんて、地獄だな?」
「そうだな。自分の心をごまかすのは、つらいよ」
「やっぱり。で、本当は手を出したんかい?」
「いいや、出してないよ」
「つらいなー」
「つらいから、会社の先輩に手を出して、今、付き合ってる」
 僕がそう言うと、三人はだまってポテトの残りを、僕にくれた。
 食事が終わると、三人は電話番号を置いて、おとなしく帰って行った。僕は、みずきを車に乗せて、図書館に向かった。
「お兄ちゃん」
「はい?」
「ひどいよ。楽器弾けるじゃん」
「ごめんね。でも、他人にいばれるほど、うまくないから」
「それで、ピアノだけ?」
「いいえ。ギターも少し」
「今度、聴かせてね?」
「今は、ピアノは、持っていない」
「じゃー、今度練習するとき、連れてって」
「……はい。わかりました」
 この日は、図書館に清水弥生は来なかった。おねえさんの子供をあずかるのは、たまになのか、それとも、気をつかって来なかったのかわからないが、いずれにしても、ホッとした。
(六)

 翌日の、六月下旬の日曜日。僕は、いつものようにみずきを迎えに行った。だが、今日連れて行くところは、いつもと違う。大磯の貸しスタジオに向かった。
 大磯に近づいて行くと、夏の湿った風に乗って海の香りがする。僕は、大きく息を吸い込んだ。
「潮の香りがするね?」
「ほんと?」
 みずきは、そう言うと、窓をあけて思い切り風を吸い込む。彼女の髪が軽やかにゆれた。
「ああ。これが、海の匂いなんだね?」
「なんだ。行ったことないのか?」
「そうなんだよね。ちょっと行ったら湘清水なのに」
「それじゃ、練習を早めにきりあげて、海で泳ぐか?」
「えー。私、水着を持ってないし、女の子は準備することが、いろいろあるのよ」
「ムダ毛の処理とか?」
「……えっち」
「わるかったね。でも、海に足をつけるくらいだったら、できるよね?」
「それだったら、行くー」
 みずきはそう言うと、窓をしめずに、風を受けていた。僕は、エアコンをあきらめて、窓を半分開けて、車のスピードを下げた。その後、車はT字路にぶち当たって、それを左折していく。右手には、人をさそうように湘清水の青い海が広がっている。みずきは、その風景をこれで最後であるかのように、目に焼き付けていた。
 大磯の町に入ると、江波が教えてくれた目印を頼りに、貸しスタジオを探した。
「あった。ここだ」
 その貸しスタジオは、コンビニのとなりに建っていた。窓が、極端に小さい。きっと、防音のためだろう。誰かの高級車の隣りに車を止めると、重い扉をあけて、僕とみずきは中へと入った。
「すみません」
 僕が、カウンターで声をあげると、奥の部屋からアフロ頭のゴツイ男があらわれた。その男は、身長が百八十センチほどあり、半そでのデニム生地のジャケットを身に着けている。表に止めてあるチョッパータイプのいかついバイクは、きっと彼のだろう。
「あの、JCカルテットは、入ってますか?」
「ああ、入っているよ。あそこの三番の部屋だ」
 アフロ頭は、不愛想に指さした。その男には、それが似合っていた。『はいそうです。あちらの部屋になってます』とか言われたら、きっと吹き出してしまっただろう。
 僕は、「どうも」と言って、No3と書いてある部屋の扉を、重いノブをまわして開けた。
「よう。きたか!」
「なんだ。江波だけか?」
「そう言うなよ。みんな大変なんだよ」
「わかってるって。それで、ピアノは、これ?」
「ああ、そうみたいだ」
 そこには、アップライトのピアノが置かれていた。キーをたたくと、一応調律してある。僕は、指を鳴らすと、イスに座ってコルトレーンのマイ・フェイバリット・シングスを弾きはじめた。しかし、コード進行だけでいつまでたっても、サックスは加わってこない。江波を見ると、だまって聞いている。
「おい、入って来いよ?」
「まあ、まってろ。腕が衰えていないか、聴いているから」
「ちぇ。えらそうに」
 僕が、そう言うと、江波はニンマリとほほ笑んだ。
 僕の音が、揃っていないのはわかっている。それに、音量が出てないない。
 小さきころピアノを習いはじめ、中学でやめてしまったが、気が向いたら時々練習曲や歌謡曲を弾いていた。大学でジャズに出会いジャズ・ピアノをはじめて、大学卒業とともにあきらめてしまった。夢の残骸が、今、下手な音を鳴らしている。
 四分ほど弾くと、江波のソプラノ・サックスが加わってきた。それほど、悪くはない。ただ、時々僕がキーを外すが。
 そこに、東伸一と長船五郎が、ベースとドラムをかかえてやっと到着した。急いで、準備をする。まず、ベースが加わり、大分遅れて、ドラムが加わった。本物には見劣りするが、JCカルテットの完成だ。
 一曲13分。ひさしぶりの演奏で非常に疲れた。肩を息をしていると、みずきが江波にかけよった。
「すごいです!」
「いや、そんなたいしたことないよ」
「そんなことないです。かっこういいです」
 僕は、このとき思った。サックスが、みずきの中では一番カッコウいいのだと。ほかは、目に入らない。サックスに、ほれたんだと。
 江波たちも、気づいたらしい。みずきは、楽器を弾く僕たちにほれたのではなく、楽器にほれたと。
「教えてください!」
 必死で江波に頼み込むみずきは、はっきりいってこわかった。と言うのは、大げさであるが、みずきにサックスを教えてと言われる江波を、僕を含め三人は、羨望と嫉妬のまなざしで見ていた。
「わかった。よろこんで教えるよ」
 そう江波がこたえると、みずきは奴に抱きついた。その時間があまりに長いので、しびれを切らした僕は声をかけた。
「それで、今までは土日で午前九時から午後六時まで勉強していたけど、その最後の二時間だけ、サックスの練習にあてるってのは、どう?」
「はい。それでいいです」と、みずきはうるんだ目で言った。
「俺も、オーケー。そうすると、JCカルテットの練習は、土日の遅くだな?」江波は、うれしそうにそう言った。
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