えちえち体験談
堕とされた母
−1−
「……まあ、越野くんは、日頃の生活態度も真面目ですし」
初老の担任教師が、慎重に言葉を選びながら続ける。
「そんなことをするような子じゃないってことは、私もわかっておるんですが。ただ…」
応接セットの低いテーブルに視線を向ける。
そこには、一箱の煙草と使い捨てのライターが置かれている。
「裕樹くんが、これを所持していたことも事実でして…」
「………はい」 対面のソファに腰かけた佐知子は、固い表情のまま小さく頷いた。
卓上の“証拠品”を一瞥してから、隣に座った裕樹へと顔を向ける。
「裕樹。どうして、こんなものを持っていたの?」
「………」
「裕樹!」
項垂れたまま、なにも答えず、顔を向けようともしない息子の姿に思わず声が高くなった。
まあまあ、と教師にとりなされて、なんとか気を落ち着ける。
「……あなたが、自分で買って持っていたわけじゃないでしょう?裕樹が煙草なんか吸わないことは、母さん、よくわかってるわ」
教師の手前をつくろったわけではなく。佐知子は完全に息子の潔白を信じていた。
だからこそ、本当の理由を釈明してほしかったのだが。
「…………」 裕樹は頑なに下を向いたまま、肩をすぼめるようにしている。
それは佐知子には、見慣れた態度であった。
幼い頃から、気弱な息子の唯一の抵抗の方法。
「……どうして…」
ため息とともに、そんな言葉を吐き出しながら、しかし佐知子には薄々事情が洞察できてもいた。
「先生」 佐知子は教師へと向き直ると、改まった口調で切り出した。
「……あ、は、はい?」
担任教師の返事は、わずかに間があき、うろたえた様子を見せた。
ついつい、この美しい母親の横顔や肢体に視線を這わせてしまっていたのだ。
状況を別にしても、教職者として不埒なことではあるが、同情の余地はあった。
受験を控えた中学三年クラスの担任となれば、生徒の母親に接する機会も多いが。
越野佐知子の容色は、最上等の部類だった。
派手やかではないし、年不相応に若々しいというわけでもない。
そんな押し付けがましさや不自然さと無縁の、しっとりと落ち着いた美しさである。
成熟と瑞々しさのバランスが、中学生の子を持つ年代の女性として、まさに理想的だと思えるのだ。
さらに、いまの佐知子の服装が問題だった。
紺色の薄手のカーディガンの下は、白衣姿なのだ。
看護婦である佐知子にとっては、あくまで仕事着だからおかしな格好というわけではない。
勤務中に学校から連絡を受け、大急ぎでタクシーで駆けつけたのだ。
それは、担任教師も承知している。子を思う母心の表れだと理解している。
だが、ナースの制服とは病院以外の場所では、やはり浮いて見えるし。
妙に……扇情的であるのだ。
機能的なシンプルなデザインは、佐知子の成熟した肢体を強調して、隆く盛り上がった胸や、豊かな腰の肉づきを浮き立たせている。
膝丈のスカートからは、白いタイツに包まれた形のよい足が伸びている。
キッチリと揃えらえた、心地よい丸みの膝のあたりに、どうにも目を吸いよせられてしまいそうになる。
ゴホン、と無意味な咳払いをして、担任教師は佐知子と眼を合わせた。
白衣姿の美しい母親は、自分が、実直だけが取り柄の老境の先生さえ惑わせる色香を発散しているなどとは気づきもせず、固い表情で語りはじめた。
「先生。親馬鹿と笑われるかもしれませんが、どうしても私には息子が隠れて喫煙をしていたなどとは思えません」
「え、ええ。それは、私も…」
「ただ、男のくせに気の弱い子で……こんなふうに、自分の思っていることも満足に主張できないところがあって」
辛辣な言葉を吐きながら、横目で息子を見やる佐知子。
しかし、裕樹は俯いたまま、表情ひとつ変えない。それが、ますます佐知子を苛立たせ、以前から抱いていた懸念を吐き出させた。
「そこにつけこまれて、他の子からいろいろと無理をおしつけられているのではないかと。はっきり言えば、“イジメ”を受けているのではないかと」
「あ、いや、越野さん、それは」
イジメ、の一言に、教師は過敏な反応を示し、裕樹もビクリと肩をこわばらせた。
佐知子は、再び裕樹へと体を向けて、
「どうなの?裕樹。あなた、三年のいまのクラスになってから、時々、傷を作って帰ってくることがあるじゃない。いつも、“転んだ”とか言い張ってるけど。あれは、殴られたりして出来た傷だったんじゃないの?」
「…………」
「あなた、他の子から、イジメられてるんじゃないの?この煙草も無理に押しつけられたものじゃないの?」
推測ではあるが、そうに違いないという確信が佐知子にはあった。
「この機会に、母さんと先生の前で全部話してごらんなさい。あなたがちゃんと事情を打ち明ければ、先生が…」
「ま、まあ、お母さん、落ち着いてください」
言質をとられるのを恐れたものか、慌てて口を挟む担任教師。
「……………」
しかし、懸命な母の説得にも、裕樹は頑として口を開こうとしなかった。
……家へと向かうタクシーの中。
裕樹はチラチラと隣に座った母の表情をうかがっていた。
佐知子は、窓の外に視線を固定して、不機嫌な横顔をこちらに向けている。
(……まずいなぁ)
母の本気の怒りを感じとって、裕樹はため息をつくと、自分も車外へと目をやった。
毎日通りなれた通学路の風景が流れ過ぎていく。
学校から越野家へは徒歩で20分ほどの距離だが、今日は佐知子の服装のことがあるのでタクシーを呼んだのだ。
夕方にしては混雑も少なく、車は順調に家へと近づいているのだが。
帰宅してからのことを思うと、裕樹は気が重かった。
相談室での、担任教諭との話し合いは、あの後すぐに終わった。
結局、煙草は“たまたま拾ったもの”であり、裕樹には何もお咎めはなし。
佐知子から追及されたイジメの件については、そのような問題は起こっていないの一言で退けて、担任教師は勝手に話を収拾してしまったのだ。
無論、佐知子にすれば、まったく納得いかなかったが、完全に逃げ腰になっている担任教師と、押し黙り続ける息子の態度に、矛先をおさめるしかなかったのだった。
住宅街の一隅、ありふれた一戸建ての前に車は停まった。
先に降り立った裕樹は、その場で母を待つ。
支払いを済ませた佐知子が車を降りる時、白衣の裾が乱れて、ムッチリとした太腿が、少しだけ覗いた。
佐知子は裕樹を無視するように、低い門扉を開けて玄関へと向かっていく。
裕樹は、慌てて後を追いながら、
「運転手が、ママのこと、ジロジロ見てたね」
「…………」
「やっぱり、看護婦の格好って、外だと目立つんだね」
なんとか母から反応と言葉を引き出そうと、裕樹なりに懸命だったのだが。
まあ、この場面には、あまり良いフリとは言えなかった。
ガチャリと、差込んだ鍵を乱暴にまわして、佐知子がふりむく。
「誰のせいだと思っているの!?」
「…っ!!」 滅多に聞かせぬ怒声に打たれて、裕樹は息をのんで硬直し。
そして、泣きそうに顔を歪めて、うなだれた。
「………………」 しばし、佐知子はキツく睨みつけていたが。
やがて、フウと深く嘆息して。
「……いいから。入りなさい」 表情と声を和らげて、そう言った。
「…うん」 ホッと、安堵の色を見せる裕樹。
佐知子は、開けた扉を押さえて、裕樹を中へと通しながら、
「……晩御飯の後で、ちゃんと話してもらうわよ。全部、隠さずにママに聞かせるのよ」
「うん」 素直に、裕樹はうなずいた。
「急に、持ち物検査が始まってさ。押しつけられたんだ。預かっておけってさ」
夕食の後、デザートのアイスを食べながら、裕樹はアッサリと事実を明かした。
「誰に?」
「高本ってヤツ」 名前を聞いても、佐知子には顔も思い浮かばないが。
「どうして、断らなかったの?」
「……後が、怖いからね」
「その高本っていう子に、いつもイジメられているの?」
「…いつもって、わけじゃないよ。時々かな」
「どうして、それを言わなかったの? さっきだって、先生に…」
「ムダだよ」
「どうして?」
「だって、宇崎の仲間なんだもん、高本って」
「ウザキ? 宇崎って…」
「宇崎達也。宇崎グループの跡取りだよ」
今度は、佐知子にもわかる名前だった。というより、このあたりで宇崎の名を知らないものは、あまりいないだろう。
旧くは付近一帯の大地主であり現在はいくつもの企業を営み、厳然たる勢力を築いている。
現当主の弘蔵は県会議員でもあるという、いわば“地元の名士”とかいうものの一典型なのだが、宇崎達也は、その弘蔵のひとり息子だというのだ。
今まで、息子のクラスにそんな生徒がいることを知らなかった佐知子は、急に大きくなった話に困惑した。
「…今日だって、もしボクが高本の名前を出してたら、先生困ったと思うよ」
宇崎達也と、その取り巻き連中は、教師たちからもアンタッチャブルな存在として扱われているのだという。
「だから、本当は煙草くらい隠す必要もないんだ。風紀委員だって高本の持ち物なんか調べようとしないんだから」
「じゃあ?」
「多分、ボクを困らせて笑いたかっただけじゃないかな。ちょっとしたキマグレでさ。風紀のヤツも、持ってたのがボクだったから取り上げたわけでさ。高本のモノだって知ってたら、見て見ぬフリをしたはずだよ」
「……………………」
やけに淡々と裕樹は語ったが。聞く佐知子のほうは、半ば茫然とする思いだ。
「……それじゃあ、まるでギャングじゃない」
「違うよ。宇崎は王様なんだ。高本たちは家来」
「裕くん、その高本って子に、目をつけられているの?」
「特にってわけじゃないよ。時々からまれる程度。ボクだけでもないし。……高本って、バカだけど体は学年一大きいんだもん」
逆にクラスでも二番目に小柄な裕樹は、悔しそうに、
「あーあ、ボクも早く背が伸びないかなあ」
「それで、そんな乱暴な子とやりあおうっていうの?ダメよ、そんなの」
「そうじゃないけどさ」
「これからは、なにかされたらすぐにママに教えるのよ?怪我をしたら、ちゃんと見せて」
「うーん……ママには心配かけたくなかったんだけどなあ」
「ダメよ、そんなの。また、裕樹が傷を作って帰ってきたら、今度は、ママも黙っちゃいないんだから」
「でも、高本は宇崎の…」
「相手が誰だろうと、関係ない」
決然と言い放つ佐知子の表情には、最愛のひとり息子を守ろうとする母親の気概と情愛が滲んで。
それを感じとった裕樹は、神妙な顔でうなずいて、
「……ありがとう。ママ」
「なに? あらたまって」
少し照れたように佐知子が笑い、話し合いはひと段落という雰囲気になった。
「さ、お風呂入っちゃいなさい」
そう裕樹に言って、自分は片づけのために食器を重ねて立ち上がった佐知子は、ふと思い出したように尋ねた。
「ねえ。その“宇崎達也”には、なにかされたことはないの?」
実物を知らないから、佐知子の中では、いささか漫画的な悪役としてのイメージを結ぶ、その名であった。
「宇崎はしないよ。あいつは……ボクらのことなんか、相手にしない」
「ふーん……」 やはり、いまひとつピンとこなかった。
……まあ、当然な反応といえた。
佐知子に未来を知る力はないわけだから。
……だが。その二時間ほど後。
自分も入浴を済ませて寝室に入った後。
鏡台に座って、髪を梳かしていた時に響いたノックの音に対しては、佐知子は予期するものがあったのだった。
「……ママ……いい?」 ドアを細く開けて、パジャマ姿の裕樹が訊いた。
「いいわよ」 鏡越しに許諾を与えて、佐知子はブラシを置いた。
今夜は……と、佐知子が息子の訪れを予見していたのは、前回からの日数と、今日の裕樹の心理状態から推し量ったものだった。
拒むつもりもなかったから、佐知子はローブ姿のまま、鏡に向かっていたのだ。
「……いらっしゃい」
薄明かりの中に立ち上がった佐知子は、裕樹を手招きながら、ベッドへと向かった。
スルリと、バス・ローブが床にすべり落ちる。
白い豊満な裸身が現れ出る。佐知子が身にまとうのは、パール・ピンクのショーツだけだ。
タプタプと重そうにゆれる双乳に眼を吸いつけられながら、裕樹は手早くパジャマを脱ぎすてる。
ダブル・サイズのベッドの上に横臥して、佐知子は息子を待つ。
ブリーフ一枚になった裕樹がベッドに上り、母の隣に侍っていく。
佐知子は柔らかな腕をまわして、息子の華奢な裸身を、そっと胸の中に抱き寄せる。
……そんな一連の動きに、慣れたものを感じさせた。
この母子が禁断の関係を持つようになってから、すでに半年が過ぎていた。
「……ママ…」 甘えた声で呼んで、裕樹が母の唇を求める。
「……ん……ふ…」
だが、口づけは軽く触れ合う程度で終わる。舌をからませるような濃厚なキスは、裕樹は苦手なのだった。
かわりに、裕樹の口は、母の豊かな乳房へと移っていく。
手に余るような大きな肉果を両手で掴みしめて、唇は真っ直ぐに頂きの尖りへと向かう。
頭をもたげたセピア色の乳首にしゃぶりついて、チューチューと音をたてて吸う。
熟れきった柔肉をジックリ味わい戯れる余裕もなければ、含んだものを舌で転がすような技巧もない。まさに乳飲み子のように無心に吸いたてる。
「……フフ…」 そんな愛撫ともいえぬ稚拙で自儘な行為を佐知子は甘受して。
片手で優しく裕樹の髪を撫でながら、細めた眼で見つめている。
赤ん坊に戻ったように甘えられるのは、悪くなかった。
母親としての深い部分で満たされるように感じるのだ。
それに、拙くても、急所を攻められ続ければ、昂ぶりもする。
ジンワリと、身体が潤むのを感じた佐知子は、手を伸ばして、裕樹の股間をまさぐった。
「……フフ…」 固く突っ張ったモノを、布地越しに指先でくすぐる。
「……アッ、ア」
刺激にビクビクと背筋を震わせた裕樹が、ようやくオッパイから口を離して可愛らしい声をあげた。
佐知子の手が、ブリーフを引きおろす。
プルン、と。裕樹の未発達なペニスが、それでも精一杯に自己主張して姿を現す。
そっと握りしめて。佐知子は指で、亀頭の半ばまで被った包皮を剥きおろす。
「ちゃんと、キレイに洗ってる?」 聞きながら、指先でも恥垢の付着がないか確かめる。
「う、うん」
佐知子にしがみつくようにしながら、何度も裕樹が頷いたとおり、衛生保持の言いつけは守られているようだ。
「アッ、ア、ママッ」
だが、裕樹の幼いペニスは、すぐに多量の先走りの汁を噴いて、裕樹自身と佐知子の指をヌルヌルに汚していく。
手の動きを緩めた佐知子は、頬を上気させ眼を閉じて快感に耐えている裕樹の耳に口を寄せて囁く。
「…ママのも、脱がせて」
うなずいた裕樹の手が、佐知子の張り出した腰へと滑る。
佐知子は、わずかに尻を浮かせて、瀟洒な下着を引き下ろす裕樹の行為を助けた。
……今夜のように、裕樹の訪れを予期している時でも。いつも佐知子は、ショーツだけは身につけるようにしている。そして、必ず裕樹の手で脱がせる。
何故そんな手順を踏みたがるのかといえば…多分、裕樹にも能動的であってほしいからだ。
ふたりの行為は、終始、佐知子がリードするままに進んでいくから。
その中で、些細なことでも、裕樹の側からの積極的な動きが欲しい。
そんな思いがあるから、自分は下着を着けて裕樹を迎えるのだろう。
……と。豊臀に貼りついた薄布がツルリと剥かれる瞬間に、いつも決まって、そんな思考がよぎる。
つまり、佐知子は冷静さを残している。
醒めているわけではない。身体は熱くなり、秘芯は潤んでいる。
だが、我を忘れる、というような昂ぶりはない。
佐知子はムッチリと官能的に肉づいた太腿を交互にもたげて、裕樹が引き下ろしたショーツから足を抜いた。
一糸まとわぬ姿となった爛熟の女体が、間接照明の下に白く浮かび上がる。
まろやかな腹部に、かたちのよい臍穴と、隆い丘の濃密な叢が艶かしい陰影を作っている。
微熱と湿り気を帯びた秘裂が晒されたのを感覚して、佐知子は、
「……触って」 裕樹を抱き寄せながら、促す。
毎回、決まりきったパターンなのに、いちいち求めるまで手を出そうとしない裕樹は、従順で可愛いが、もどかしくも感じる。
「……ん…」
オズオズとした指が秘肉に触れると佐知子は艶めいた声を洩らしてくびれ腰をしなわせた。
息子のペニスを握りしめた佐知子の手も緩やかな動きを再開して相互愛撫のかたちとなる。
裕樹は、また母の乳房に吸いついていく。
女の部分を愛撫する手指の動きは、いまだたどたどしくて、佐知子の性感をくすぐるほどの効果しかない。
そして、逸る幼い欲望は、それさえも長くは続けることが出来なかった。
「マ、ママッ、僕、もう……」 潤んだ眼で、切羽つまった声で裕樹が訴える。
佐知子はうなずいて、枕元の小物入れから、コンドームを取り出すと、慎重な手つきで、すぐにも爆ぜてしまいそうな裕樹のペニスに被せる。
裕樹が慌しく身を起こして、佐知子の両肢の間に体を入れる。
「……来て、裕樹」 爛熟の肉体を開いて、美母が息子を誘う。
「ママッ」 裕樹が細い腰を進めて、握りしめたものの先端を母の女へと押しつける。
ヌルリ、と。母と子の体がひとつになる。
「アアッ、ママ、ママッ」
「…ああ……裕樹…」 泣くように快美を告げて、裕樹は柔らかな母の胸にしがみつく。
佐知子は、さらに深く迎えいれようとするかのように、ギュッと裕樹の体を抱きしめる。
佐知子の逞しいほどの太腿が、裕樹の細腰を挟みこんで。
裕樹の青い牡の器官は、完全に佐知子の体内に没している。
だが、肉体を繋げてしまえば、もう母子の情事は終焉に近づいているのだった。
今夜もまた、裕樹はせわしなく腰を数回ふって、
「アッ、アアアッ」 か弱い悲鳴を上げて、呆気なく欲望を遂げてしまう。
「……ン…」 佐知子は、目を閉じて、その刹那の感覚を噛み締める。
そして、グッタリと脱力した裕樹を胸に抱きとめて、荒い呼吸に波打つ背中を、なだめるように撫でた。
あまりに性急で、他愛ない行為。
しかし、佐知子に不満はない。充分に満足を感じてもいる。
もともと、佐知子にとってはセックスとは、そういうものだった。
裕樹の父親―死別した夫との営みも、似たようなものであったから。
(さすがに、これよりは落ち着いたものだったが)。
元来、自分は肉体的な欲求は薄いたちなのだろう、と佐知子は思う。
性の営みにおいても、求めるのは精神的な充足であるのだ。
そして、そんな自分だからこそ。
血を分けた我が子との相姦という行為にも、さほどの抵抗もなく入りこんでしまったのではないかと。
思い返しても、自分でも不思議なほどに、禁忌を犯すことへの躊躇いがなかった。
きっかけは、偶然に裕樹のオナニーの現場に踏みこんでしまったことだった。
うろたえる息子を宥めすかして“この子もそんな年になったのか”という感慨を胸に沸かせた佐知子は、ごく自然に幼いなりに欲望を漲らせたペニスを手であやしていたのだった。
以来、そんな戯れが習慣となり、手ではなく体で裕樹の欲望を受け止めるようになるまで、そう時間は要さなかった。
思春期の旺盛な欲求を抱えて苦しむ息子を癒してやること。
それは母親としての務めであり、代償に受け取る喜びも、あくまでも母親としてのものだ。
だから、自分は平静なままに、息子との秘密を持っていられるのだろうと思う。
もし、裕樹との交わりが、肉体的な快楽をもたらすものであったら。
それを続けることに、もっと背徳を感じてしまうのではないだろうか。
だから、これでいい。このままで、いい…。
……と、いささか迂遠な思考は、日頃、佐知子の意識の底に沈殿しているもので。
いまは、事後の余韻の中でボンヤリと思い浮かべただけのこと。
しかし、このままトロトロと夢にたゆたうわけにもいかないのだ。
佐知子は、のしかかった裕樹の軽い体をそっと押しやって、結合を解いた。
ニュルン、と抜け出た裕樹のペニスは、すでに萎縮していて、白い精を溜めたゴムが外れそうになっている。これだから、いつまでも繋がってはいられないのだ。
起き上がった佐知子は、枕元からティッシュを数枚とって、裕樹の後始末をする。
仰向けに転がった裕樹は、まだ荒い息をつきながら、母のするがままに任せていたが。
佐知子の作業が終わった頃には、もう半ば眠りの中に沈みこんでいた。
「……もう」
呆れたように笑った佐知子だが、今日は疲れたのだろうと理解する。
ただ、縮んでスッポリ皮を被った、裕樹の“オチンチン”を、チョイチョイと指先で突付いてみた。
「…うーん…」
「……フフ…」
ムズがるような声を洩らして、モジモジと腰をよじる裕樹に、もう一度笑って。
上掛けを引き寄せて、身を横たえる。
「……ママ…?」 一瞬、眠りの中から戻った裕樹が、薄目を開く。
「いいのよ。眠りなさい」
「…うん…おやすみ…」
体をすりよせて、母の温もりに安堵した裕樹が、本当に眠りに落ちるのを見守ってから、佐知子も目を閉じた。
……だが、すぐには眠りはやってこなかった。
なにか……息苦しさを感じて。佐知子は、何度か深く大きな呼吸を試みる。
最近、裕樹との行為のあとは、いつもこうだった。
その原因について、佐知子は深く考えない。これも情事の余韻だろうと、簡単に受け止めている。そうとしか、佐知子には考えようもない。
そして、しばしの煩悶の末、日中の勤務の疲れによって、佐知子はようやく眠りにつくのだった。
−2−
翌朝。
いつものように登校した裕樹だが、妙に肩に力が入っていたりする。
それは、裕樹なりの決意と覚悟の表れであった。
裕樹の背を押すのは、母から受け取った想いだ。
『今度は、ママも黙っちゃいないんだから』
『相手が誰だろうと、関係ない』 昨夜、母が見せてくれた、真剣な怒り。
……ちょっと、泣きそうになるくらい嬉しかった。
ママだけは、なにがあろうと自分の味方でいてくれるのだ、と。
しかし、だからこそ、母には、これ以上の心配をかけたくはない。
自分自身で、対処していかなくてはならない……。
(……いつまでもママに守られてばかりじゃ…僕もママを守れるようにならなきゃ……)
裕樹にとって、幼い頃から崇拝の対象であり続けた、優しくて綺麗なママ。
性徴期を迎えて、性的な欲望が母に向かったのも裕樹にとっては、ごく当たり前のなりゆきで。
(そして、ママはそれに応えてくれた……)
昨夜も味わった、母の柔らかな肉体の感触を思い出して、裕樹は体が熱くなるのを感じた。
相姦の関係が出来てから、裕樹の母への傾倒は深まるばかりだった。
このままの母との生活が続くこと、それだけが裕樹の願いだ。
(……そのためにも、もっと強くならなくちゃな)
彼なりに真剣に、裕樹は誓っていたのである。
そして、そんな裕樹の決意は、さっそく試されることとなった。
「やあやあ、コシノくん」 教室の前で、裕樹を呼びとめた、ふざけた声。
高本だった。目の前に立って、裕樹を見下ろす。
頭ひとつ以上も裕樹よりは大きいから、見下ろすという表現に誇張はない。
長身にみあったガッシリとした肉づき、不精ヒゲを生やしたイカツイ顔だちと、とにかく中学生には見えない。
高本は、ニヤニヤと笑いながら、裕樹に掌を差し出す。
「……なに?」
「なに、じゃねえよ。昨日、預けたろうが。俺のタバコ」
「……没収されたよ。見てただろ?」
「没収だあ? そりゃあねえや、まだほとんど残ってたのによ」
「……………」
「越野、おまえ預かっておいて、そりゃあ無責任じゃないの?どうしてくれるのよ」
昨日までの裕樹なら、弁償するといって金を差し出して、とっとと終わりにしているところだったが。
「…知らないよ」
「……ああ?」
「あ、預けたって、無理やり押しつけただけじゃないか」
目を合わせることは出来なかったが、とにかくも裕樹は、そう言ってのけた。
周囲に居合わせた生徒たちが、息をのむ気配があった。
「なに、越野。それ、なんかのネタ?」 ヘラヘラとした高本の口調に物騒な成分が混ざる。
「あんまり、面白くねえなあ、それ」 ズイと、身を乗り出してくる高本。
裕樹は、グッと拳を握りしめて、その場に踏みとどまった。
(殴られたって) だが、その時、
「おいっ、高本」 後ろから掛けられた声に、ひとまず裕樹は救われる。
現れたのは、高本と同じく、宇崎達也の取り巻きの市村という生徒だった。
「あ、市やん、ちょっと聞いてよ。こいつ、越野がさあ」
「んなことは、どうでもいい」 急ぎ足に近づいてきた市村は、高本の言葉を遮って、
「達也が入院したってさ」
「えっ? 宇崎クンが?」 意外な報せに、本当に裕樹のことなど、どうでもよくなる。
「なんで? 昨日は元気だったじゃん?」
「なんか怪我したらしい。今さっき、ケータイに連絡入った」
「マジで?」
「俺、今から様子見にいくけど」
「あ、いくいく、俺も!」
素早く話をまとめて、始業前だということにもお構いなく、無論、裕樹のことなど完全にうっちゃって、高本と市村は去っていった。
それを、茫然と見送った裕樹。
「越野、やるなあ」
「見直したぜ」 あたりにたむろしていた連中に、そんな声を掛けられて、我にかえった。
「別に……どうってことないよ」
務めてクールに返して、自分の席についた裕樹だったが、どうにも口元が緩んでしまう。
まあ、結果的に、宇崎達也の負傷・入院というニュースに救われたかたちではあったが。
とにかくも、高本の脅しに屈することなく、自分の意志を通したのだ。
(……よしっ!)
この小さな一歩をスタートにしようと、裕樹は思いを新たにした。
教室内には、宇崎の入院の情報が伝聞式に広がって話題になっていた。
あまり、同情や心配をする雰囲気はなかった。少数の宇崎シンパの女子が大袈裟に騒いでいるのが、周囲からは浮いていた。
無論、裕樹もクラスの多数派と同じ心情であった。
直接、なにかされたことはないが…というより、まともに会話したこともないが、宇崎に対して、好意を抱く理由は、ひとつもない。
悪いようだが…これで、しばらく宇崎が休むなら、せいせいするとまで思ってしまう。
(……高本も市村も、慌てちゃってさ)
ボスの一大事に、すわとばかりに馳せ参じていった奴等のことを思い出して、哂う。
この朝、裕樹は、さまざまな理由で愉快だった。
いけすかない同級生を見舞ったアクシデント。
その“他人事”が、裕樹にとっても大きな運命の分れ目であることなど、この時点では知るよしもなかったから……。
そして、同じ頃。
出勤した佐知子もまた、そうとは知らぬうちに、運命の岐路に近づいていたのだった。
夜勤の看護婦との引継ぎで、
「…特別室に?」
昨夜、担ぎこまれた急患が特別病室に入ったという報告に、佐知子は眉を寄せた。
年若な部下が手渡したカルテに、素早く目を通していく。
一分の隙もなく制服を着こなし、キリリと引き締めた表情でカルテを読む姿には、熟練のナースとしての貫禄が漂う。ここでの佐知子の肩書きは主任看護婦。
婦長や院長からも全幅の信頼を受けて、現場を取り仕切る立場であった。
……この、理知的な美貌に気品さえ感じさせる女性が、昨夜も息子との禁断の情事をもっていたなどとは、誰も想像も出来ないだろう。
「……左足の骨折と、右腕の挫傷…?」
習慣的に、まず症状記録を目に入れて、これなら特別病室を使うほどのこともないのでは?
と訝しく思った佐知子だったが。
患者の氏名を確認して、その疑問は氷解した。
「宇崎…達也?」
「そうなんです」
越野主任の驚きの、本当の理由は知らないまま、若い看護婦はしきりにうなずいた。
「もう、昨夜はちょっとした騒ぎで……治療には、院長先生もわざわざ立会われましたし。それで、看護は越野主任におまかせするようにって、婦長が…」
「そう……了解したわ」
引継ぎを終えた佐知子は、ナース・ルームを出て、特別病室へと向かった。
その名の通りの部屋。若い看護婦たちの間では、“スウィート・ルーム”という符牒で呼ばれているというのが、その性質を表しているだろう。
この市内最大規模の私立病院の、経営方針を物語ってもいる。
その部分では、いまだに佐知子は抵抗を感じるのだが。高い給与という恩恵にあずかっているから、文句を言える立場でもない。
エレベーターで五階へ。フロアは静かである。
一般の病室は、二〜四階にあるから、この階には患者や付き添い人の姿はない。
特別病室の最大のウリは部屋の広さや贅沢な設備より、この隔絶性にあるのかもしれない。
過去に入室していた患者も、社会的な地位のあるものばかりであった。
宇崎達也は、これまでで最年少の患者だろう。
(……宇崎達也か。こういうのも“噂をすれば影”って言うのかしら?)
人気のない廊下を歩みながら、佐知子はにひとりごちた。
息子の裕樹から、その存在を教えられたのが、つい昨晩なのだ。
あまり、良い印象は持てない伝聞であったが。
無論、“それはそれ”だ。看護婦としての務めとは全く関係のないことだと、わざわざ自分に言い聞かせるまでもなく、佐知子の中で分別はついている。
病室の前に立つ。プレートの氏名を確かめながら、ドアをノック。
はい、と、室内から落ち着いた応え。
「失礼します」 ……その邂逅が齎すものを、今は知るはずもなく。
佐知子は、静かにドアを開けて、入室した。
……数時間後。
「マジで、ありえねえよ、宇崎クン。中学生のくせにバイクで事故ってケガするなんてさ」
高本の大声が、病室に響く。
「カッコイイんだかワルいんだか、判断苦しむもの、それ」
「カッコよくは、ないだろ」
ベッド脇に山と詰まれた見舞い品の中から、果物を物色しながら、市村が口を挟んだ。
「うるせえよ。それに俺はバイクで事故たんじゃなくてちょっと転んで怪我をしただけだ」
起こしたベッドに背をもたれた宇崎達也が、そらっとぼけた。
いまのこの部屋の主である若者は、パジャマ姿で、左足首をギブスで固め、袖を捲くり上げた右肘に包帯を巻いている。
「表向きはそういうことになってんだから、間違えるなよ。だいたい、中学生がバイクなんか乗りまわすわけがないだろが」
「クク……、たしかに宇崎クンは優等生だからなあ。ヒンコーホーセイって、やつ?」
ぬけぬけとした宇崎の言葉に、高本が笑う。
市村は籠から取った林檎を弄びながら、窓の外を眺めている。
この高級な病室に集まった三人は、外見や雰囲気はバラバラだが、とても中学生には見えないという点が共通していた。
宇崎も市村も、高本ほどではないが長身である。
なにより、顔立ちや言動に、子供らしさというものがなかった。
「……それより」
市村が、宇崎に顔を向けて口を開いた。この痩身の、特徴のない容貌の少年は宇崎達也とは小学生の頃からの友人で、高本と比べて、達也への接し方に遠慮がない。
「なんで、時間をおいて来いって?」
時刻は、もうすぐ正午になろうという頃だった。
朝のうちに学校を抜け出たふたりの来訪が、この時間になったのは、達也からの再度の電話で、昼まで待てと言われたからだった。
足止めをくった二人は、繁華街をブラついて時間を潰してきたのだった。
「ああ。午前中は、親父の関係の見舞いが押しかけるって予測できたからな」
そう言って、見舞いの花束や果物籠の山に皮肉な目を向ける。
「まったく。ガキの機嫌をとって、どうしようってんだか」
冷笑を浮かべると、彫りの深い秀麗な顔立ちだけに、ひどく酷薄な相になった。
このメンツ以外には、決して見せない表情だ。つい先ほどまで、その見舞い客たちに対しても、いかにも御曹司らしい礼儀正しさで接していたのだから。
「でも、思ったよりケガが軽くてよかったよね。これなら、わりと早く出られるでしょ?」
「まあ、そうなんだけどな…」 高本の問いかけに、達也は思わせぶりな間をおいて、
「……この際、少しゆっくりしようかと思って」
「なんで? つまんねーじゃん、こんなとこにいたってさあ」
意外な達也の言葉に、驚く高本。市村も、探るような眼を達也に向ける。
達也は、ニヤニヤと邪まな笑みを浮かべていたが。
ノックの音に、スッと表情を変えた。
「はい。どうぞ」 柔らかな声で応答する達也。
そしてドアが開くのと同時に高本と市村へと向かって、突如熱っぽい口調で語りはじめる。
「だから、午後からは、ちゃんと授業に出ろよ?」
「は?」
「そりゃあ、心配して駆けつけてくれたのは、嬉しいけどさ」
「え? はあ?」
やおら真剣な顔になって、まったく似つかわしくもない正論をふるう達也に、目を白黒させる高本だったが。
「……わかったよ。午後の授業には出るから」
「いいっ!?」
市村までが、気持ちしおらしい声で、そんなことを言い出すに及んでは、完全に絶句して、ただ不気味そうにふたりを見やるだけ。
うん、と宇崎達也は満足げにうなずいて。
ドアのところに立って、わずかに困惑したていで少年たちのやりとりを眺めていた看護婦―佐知子に向き直った。
「すみません。食事ですね?」
「え、ええ」
佐知子は、ひとりぶんの昼食を乗せたワゴンを押して、ベッドに近づけた。
備え付けのテーブルをセットする。
手馴れた動きで準備を整える佐知子に、三人の視線が集まる。
佐知子は、務めてそれを意識しないようにしながら、手早く作業を終えて、食事のトレーをテーブルに移した。
「ありがとう」 達也が微笑を佐知子に向ける。
「あ、こいつらは僕の友人で、市村と高本」
「どうも」 高本の名を聞いた時、佐知子の表情が微かに動いたが。
ペコリと、市村に頭を下げられて、無言で目礼をかえした。
「僕のことを心配して、学校を抜けてきちゃったらしいんです。すぐに戻るって言ってるから、見逃して」
悪戯っぽく笑って、達也が言った。
……無邪気な笑顔に見えるんだから、美形は得だよな。
そう、市村は内心に呟く。
佐知子は戸惑うように、達也の笑顔から目を逸らしながら、うなずいた。
「……なにか、変わりはありませんか?」
「うん。大丈夫です」
事務的な口調で、佐知子が尋ねるのにも、達也はあくまでも笑顔で答える。
「…なにかありましたら、呼んでください」
佐知子は最後まで生硬な態度を崩さずに、そう言い置いて部屋を出て行った。
白衣に包まれた、グラマラスな後ろ姿がドアの向こうに消えるのを、三人はそれぞれの表情で見送る。達也は微笑を浮かべて。市村は無表情に。
高本は、いまだ要領を得ない顔で。
完全に佐知子の気配が遠ざかってから、達也はふたりへと向いた。
「どうよ?」 そう訊いた口調も表情も、ガラリと変わって、奸悪なものになっている。
「どうよ、って、なにが?つーか、俺が聞きたいよ!なんなの、いまのは?」
堰を切って、疑問をぶつける高本。
「宇崎クンも、市やんも、いきなりワケのわかんないこと言い出してさあ」
「うーん、アドリブが弱いよな、高本は」
「なんだよ、それ!?」
「その点、浩次はさすがだね」
「…あれくらい出来なきゃ、達也とは付きあってらんないよ」
「あー、イラつく! ふたりだけで解っちゃって」
「だから。どうだった? いまの女」
「いまの? 看護婦? ……乳、デカかった」
「ちゃんと、見てんじゃないかよ」
「ケツも、こうバーンと張ってて。それに白衣っつーのが、また…」
佐知子の肢体を思い出しながら、熱っぽく言葉をつらねて。
そして、ようやく得心がいった表情になる高本。
「……そういうこと?」
「そういうことだよ」 ニンマリと笑って、達也がうなずいた。
「ふーん……けっこう年増だね」
「熟れたのは、嫌いだっけ? 高本くんは」
「いえいえお好きですよう。いいじゃない熟女ナース!その響きだけで、グッとくるもの」
「フフ……浩次はどうだよ?」
「面白いね。顔も体もいいし」
「お。いつになく、積極的じゃないか?」
いいんじゃない、くらいの返答を予想していた達也は、意外そうに見た。
「だって、あれ、うちのクラスの越野の母親だろ?」
「越野の?マジで?」 大仰に驚く高本。
「名前見て、ピンとこなかったのかよ?」
「名前?どこに?」 市村は、呆れ顔で高本を見やり、自分の左胸を指差して、
「ここに。名札つけてたろう。おまえ、乳のデカさはしっかり観察しといて、気づかなかったのかよ」
「あ、そうだった? いや、ほら、あくまで大きさや形を見てるわけでさ。字とかは、ね」
「字とかって……もう、いいよ」
だが、その後の達也の言葉に、市村はまた嘆息することになる。
「ふーん……うちのクラスに、越野なんてヤツ、いたんだ」
「……これだよ。まあ、予測してたけど」
興味のない相手には、石ころほどの注意もはらわない達也である。
「小坊みたいなチビだよ、宇崎クン」
「高本が、しょっちゅうイジメてるヤツだよ。ほら、昨日も」
「……ああ、わかった。なんとなく」
実際、“なんとなく…あいつかなあ”くらいにしか思い出せなかったが。
いまは、その正確さが問題でもないから、達也は適当にうなずいて、
「で、あの女が、その越野の母親だって? 間違いないのか?」
「多分ね。確か、看護婦だったし。そうある苗字でもないだろ」
「うーむ……、あの越野に、あんな色っぽい母ちゃんがいたとは。越野のくせに!」
わけのわからない理屈で、勝手に憤っている高本は放置。
「……それでか。最初に会った時から、妙に態度が固かったんだ、あの女」
「まあ、いろいろ息子から聞いてるのかもね。だとしたら、俺たちには、いい印象はもってないだろうな」
「ああ、越野って、いかにもマザコンくせえもん。“またイジメられたよう、ママン”とか泣きついてそう。…あのデカい胸に? うらやましいぞ、このヤローッ!」
「……………まあ、マザコンってのは、あるかもな。確か、父親は亡くなってて、母ひとり子ひとりってやつだから」
「え? じゃあ、未亡人ってやつなの? あの、ムチムチ母ちゃん」
「確か、そうだった」
「…てか、なんで市やん、そんなに詳しいのよ? 越野の家のことなんかさ」
「どっかで聞いたっつーか、小耳にはさんだ」
「そんだけで?」
「浩次は、どうでもいいようなこと、よく覚えてるからなあ。ガキの頃から」
「まあね」
「あ、でも、今回は役に立ったじゃん。越野情報」
「役に立つっていうか、おさえといた方が楽しめるだろ?せっかく、こんなおいしいシチュなんだから」
「まったくだ」 達也が深くうなずいて。少年たちは、悪辣な笑みを交し合った。
「ちょっといい女だから、入院中のヒマつぶしくらいのつもりだったんだけどな。こうなりゃ、俺も本気で攻略にかかっちゃうよ」
「おお、宇崎クン、燃えてるよ。こりゃ、越野ママ、中学生の肉便所、確定?」
「なにを言っているんだ、高本くん。僕は、寂しい御婦人を慰めようとしてるだけだよ。しかも、クラスメイトのお母さんを肉便所にだなんて……肉奴隷くらいにしときたまえ」
「おお、優しい」
「……越野も、気の毒に…」
しみじみとした市村の呟きに、ゲラゲラと笑いが弾けた。
「……さて。じゃあ、君たちは学校へ戻りたまえ。僕も食事を済ませないと」
また、真面目くさった表情を作って、達也が言った。
思いの他に、謀議が長引いて、佐知子が運んできた昼食には、まだ手もつけていない。
無論、いまさら学校へ戻る気などさらさらないが、達也の芝居に合わせるために、市村たちは腰を上げた。
「ああ、でもなあ……」 未練げな声を上げたのは、高本だ。
「今回は、“口説きモード”で、いくんだろ? だから、こんなサル芝居してるんだよね?」
「まあな」
「そっちのほうが、面白いじゃん」
「そりゃあ、わかるんだけどさあ……俺たちに、まわってくるまで、だいぶ時間かかるよなあ。辛抱たまらんよ」
「テキトーに誰かで処理しとけよ……ああ、そうだ」 達也は、ふと思いついたふうに、
「なんなら、百合絵つかってもいいぞ」
「マジで!? いいの!?」
「好きにしろ。あいつなら、越野ママをヤる時の予行演習にも丁度いいだろ」
鷹揚に言って、ようやく食事にとりかかる達也。
「……市やん…」 うかがいをたてるように、市村を見る高本。
どうやら、達也の見せた気前のよさは、よほどのことであるようだ。
「…それだけ本気ってことだろ」 そう言いながら、市村も驚きは隠せない。
「ちぇっ。すっかり、冷めてやがる」 スープをひとくち飲んで、達也が舌打ちする。
言葉とは裏腹に、やたらと上機嫌だった。
−3−
ナース・ルームへと戻った佐知子は、今しがた特別病室で目にした光景を思い返していた。
それは、またしても、宇崎達也という若者への印象を混乱させるものだった。
また、というのは、朝の初対面の時から、意外な感を抱かされていたからだ。
朝の病室で。達也は入ってきた佐知子を見ると、一瞬だけ目を見張るようにして。
そして、フッと、綻ぶような笑みを浮かべた。
『あなたが、僕を担当してくれるひとですか?よろしくお願いします』
奇妙なほど嬉しげにそう言って、横たわったままながら、礼儀正しく頭を下げてみせたのだった。
初手から、佐知子は当惑させられてしまった。
事前の情報から、どんな厄介な患者だろうかと身構えていたのに、実際に対面した達也が見せる表情や物腰は、予想とまるで違っていたからだ。
『越野です。よろしく』
困惑を隠して、佐知子は、少し固い笑顔を達也に向けて、簡単に名乗りを済ませた。
その後、朝の検診に取り掛かった。
問診や検温という作業を手早くこなしていく中で、佐知子はペースを取り戻せるかに思えたのだが。
今度は、ジッと自分を見つめてくる達也の目線に、落ち着かない気分にされてしまった。
それは邪まさを感じるものではなかった。
勤務中に、不埒な視線を白衣の胸や尻に向けられることには慣れている佐知子だが。
達也の視線には、そのような色合いはなかった。
実際、達也の注視が注がれているのは、佐知子の顔だった。体ではなくて。
だが、下劣なものは感じなくても。そんなにも見つめ続けられれば息苦しくなってしまう。
『……どうかしましたか?』
脈拍数を計ろうと、達也の手首を掴んだところで、堪えかねて佐知子は訊いた。
それまで意識して避けていた達也の目をとらえて。声には、微かにだが、非難するような響きがあった。
『あ、ごめんなさい』
即座に、そう返した達也だったが。表情にも口調にも、少しも悪びれたようすはなく。
佐知子から眼を外すこともせずに。
『綺麗な看護婦さんで、嬉しいなって』 サラリと、そんなセリフを吐いたのだった。
『……っ』 咄嗟に、佐知子は反応できなかった。
この手の言葉にも慣れっこのはずの佐知子が思わず絶句して達也を見返してしまったのは。
そこに、追従や下心といった下卑た色が、感じられなかったからだった。
なんの気負いもなく、ごく自然なことのように。
『………?』 言葉を詰まらせた佐知子を、不思議そうに達也は見上げていた。
『……看護婦に、お世辞をつかう必要はありませんよ』
なんとか惑乱を鎮めた佐知子は、達也から眼を逸らして、そう言った。
冷静な、大人らしい対応……をとったつもりだった。佐知子としては。
『え? あれ?』
達也は、佐知子の言葉と態度の意味を掴みかねたように、首をひねって、
『……あ、そうか』 解答を見つけて、整った顔立ちをしかめた。
『ごめんなさい。よく、友達にも注意されるんだよね。なんでも思ったままを口にすればいいってもんじゃないって』
『……………』
『生意気でしたね。謝ります。ごめんなさい』
『え、いえ…』
頭を下げられても、佐知子としては反応に困るような話の流れであり、さらには、
『……でも、綺麗なものは、綺麗だって言いたいんだよな。やっぱり』
真面目な顔で、宙を睨んで、佐知子のことなのか一般論なのか判然としないことを傍白する達也に、なおさら言葉を奪われて
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