えちえち体験談
635 :ウニ ◆oJUBn2VTGE :2009/02/08(日) 00:00:16 ID:OJtUna0I0
ずいぶんと間が開きました。
今回は時間が無く、変な改行もポリシーであった会話文内一マス落としも出来ていません。
これらの作業は時間がかかる他にもいろいろと都合の悪いことがあるので、出来れば今後も
サボりたいですが、もし読みにくいといったデメリットの方が大きければ考えます。
大学二回生の初夏だった。
俺はオカルト道の師匠につれられて、山に向かっていた。
「面白そうなものが手に入りそうだ」と言われてノコノコついて行ったのであるが、彼の「面白い」は普通の人とは使い方が違うので俺は初めから身構えていたが、行き先がお寺だと知ってますます緊張してきた。
なんでも、知り合いの寺なのだとか。そちらから連絡が入ったらしい。
市内から一時間以上走っただろうか。師匠は「ここだ」と言いながら、道端に軽四を止めた。
周囲は畑に囲まれていて、山間に午後の爽やかな風が吹いている。
古ぼけた門をくぐり、地所に入るとささやかな杉木立の向こうに本堂があり、脇に設けられた庭園には澱んだような池が音もなく風紋を立たせていた。
「真宗の寺だよ」
と師匠は言った。
山鳩が鳴いて、緑の深い森に微かな羽ばたきが消えていく。右手に鐘楼堂が見えたが、屋根が傾き、肝心の鐘が見当たらない。打ち捨てられているようだ。
「あれは鐘が戦時中に供出されてからそのままらしい」
師匠の説明に顔をもう一度そちらに向けた瞬間、目の端になにか白いものが映った気がして、先へ進む師匠を追いかけながら首を捻ってあたりを見回したが何も見当たらなかった。
その白いものが服だったような気がして、少し気味悪くなった。境内には誰もいないと思っていたから。
師匠はズンズンと本堂から反れて平屋の建物の方へ向かっていった。
住職の住む家らしい。庫裏(くり)というのだったか。
玄関の方へ回ろうとすると「こっちこっち」という声がして裏手の方から手招きをしている人がいる。随分背の高い男性だ。俺と師匠は裏口から招き入れられ、居間らしき畳張りの部屋に通された。
「親父さんは?」
師匠の問いに「出てる。パチンコじゃねえか」と男性は答えて、「じゃあ、例の、持ってくる」と部屋を出て行った。
二人取り残されてから、俺は師匠をつついた。
「あの人は黒谷さんっていう、悪い人。親父ってのがこの寺の住職。やっぱり悪い」
なにせこの僕に、供養を頼まれた物品を売りつけようってんだから。
ニヤニヤと笑う。
俺は先日見せてもらった心霊写真の束を思い出した。あれも確か業者から買った横流し品だと言っていたはずだ。
「ああ、ここから直で買ったのもあるよ。まあ、一応ここは御焚き上げ供養の隠れた名寺ってことになってるから、そこそこ数が集まってくる」
でもまあ、本物は一割以下だね。
師匠はそう言いながら、部屋の中に無造作に飾られた市松人形や掛け軸などを勝手に弄りまわっている。
やがて黒谷と呼ばれた男性が戻ってきて、紙袋を師匠の前に置いた。
師匠が手を伸ばそうとすると、黒谷さんはスッと紙袋を引き下げて手の平を広げた。
五本の指を強調するようにウネウネと動かしている。
「五本は高い」
師匠が口を尖らせると、黒谷はボサボサの頭を掻きながら「あ、そ」と言って紙袋を持って立ち上がろうとする。
「持って来たのはどんな人ですか」
間髪いれずに師匠が問うと、中腰のまま「中年のご婦人。深い帽子にサングラス。住所不明。姓名不明。ブツの経緯も不明。でも供養料に足の指まで全部置いてった」と答える。
「二十本も?」
師匠が険しい顔をした。そして「わかりました」と言ってジーンズのポケットから出した財布を放り投げる。
黒谷は財布をキャッチして、紙袋をこちらによこした。
師匠は紙袋を覗き込み、小さく頷く。俺も思わず横から割り込むように覗いた。袋の中に、一本の黒いビデオテープが見えた。
「足りねえ」
黒谷の声に、師匠がばつの悪そうな顔をして「今度持って来ます」と言う。
「今度っていつだ」
気まずい雰囲気が部屋に流れる。
その雰囲気に耐え切れず、思わず「いくら足りないんですか」と言ってしまった。つくづく、師匠の思惑通りの行動をとってしまっていると我ながら思う。
結局俺はなけなしの七千円を財布から出して、黒谷に手渡した。
俺だって見たいのだ。ここまできて我慢できるわけがない。
「また何か入ったら、連絡する」
黒谷はそう言って立ち上がった。
帰る時、俺と師匠はまた裏口に回らされた。靴がそこにあるからとはいえ、なんだか悪いことをしているという気になってくる。いや、確かに悪いことなのだろう。供養して欲しいと持ち込まれたものを、こうして金で買って好奇心を満たそうというのだから。
これを持ってきたという女性は、いったいどんな気持ちで寺の門をくぐったのか。
いきなり、腕を掴まれた。ドキッとする。
「あいつの、弟子か」
凄い力だった。黒谷は俺を引き寄せてささやく。師匠はもう外に出ていて、家の中からでは見えない。
「オレのことは聞いたか」
掴まれた腕の痛みに顔をしかめながら、頷く。
「じゃあ浦井のことも聞いたか」
まだ全部は聞いてません。ようやくそう言うと、やっと手を離してくれた。
黒谷は何か考えごとをしているように視線を宙に彷徨わせていたが、ニッと口元を歪めると、「あのビデオ、やばいぜ」と言って"もう行け"とばかりに手を振った。
掴まれた肘の裏側が熱を持ったように痛む。俺は逃げるように靴を履いて外へ出た。
外では師匠が誰かに気づいた様子で、なにかを喋りながら本堂の方へ歩いていこうとしていた。俺は家の戸口を気にしながら慌ててそれを追いかける。
視線の先に白い服を着た少女が映った。ああ、さっきの、と思う。幻覚ではなかったようだ。
師匠は「アキちゃん」と呼んで近づいていった。
本堂の式台の端に腰掛けて足をぶらぶらとさせながら、師匠の呼びかけに軽い会釈で応えている。
中学生くらいに見える、ほっそりとした色の白い子だった。
久しぶりに会ったような挨拶を交わしたあと、師匠は「高校には上がれそうなのか」と聞いた。
そういえば今日は平日のはずだ。学校を休んでいるのか。
少女ははにかんで笑い、「たぶん、なんとか」と風鈴が鳴るような声で返した。
その後、参道を引き返す俺たちを見送りながら、彼女はずっと同じ格好で座っていた。振り返るたび、周囲の景色より小さくなっていくように見えた。
帰りの車の中で俺はシートベルトを締めながら師匠に顔を向ける。
「アキちゃんて言うんですね」
「ああ。秋に生まれたからだと。あのオッサンの妹だよ。体が弱くてね。学校も休みがちみたいだ」
ずいぶん歳の離れた兄妹だ。それよりあのガッシリした体格の男性とのギャップが大きい。
「血は繋がってるのはホントだよ、どっかから攫ってきたワケじゃない。それにあのオッサン、ああ見えてまだギリギリ二十代のはずだ」
師匠は意味深な口調でそう言って、急な山道を降りるためにフットブレーキからギアを落としてエンジンブレーキに切り替えた。
「あのオッサンの話は、まあ、またいずれな」
それより、こっちさ。
そんな顔で師匠は傍らの紙袋を舐めるように見るのだった。
お互いに午後は用事があり、深夜零時近くになってまた合流した。
「夜の方が雰囲気が出るだろう」
師匠はそう言って、まだ見てないというビデオテープを紙袋から出して見せた。
師匠のアパートの畳の上で、いつものように俺は胡坐をかいてテレビの前に座った。家具だかゴミだかよくわからないこまごましたものを乱暴にどけて、師匠も横に座る。
「古いテープみたいだからな。ベータとかいうオチじゃなくて良かった」
そんなことを言いながら、黒いビデオテープのカバー部分をパカパカといじる。どこにでもある百二十分テープのようだ。タイトルシールはない。
「さて、焚き上げ供養希望の一品、ご拝見」
軽い調子で師匠は、ビデオデッキにテープを押し込む。「再生」の文字が映り込み、黒い画面が砂嵐に変わった。
少しドキドキしながら食い入るように画面を見ていたが、砂嵐は一向におさまらない。もしかしてカラのテープを掴まされたんじゃないかという疑念が沸き始めたころ、ようやく画面が変わった。
駅の構内のようだ。
夜らしく、明かりのないところとの濃淡がはっきりしている。
小さな駅のようで、人影もまばらなプラットホームが映ったままカメラは動かない。なにかの記録ビデオだろうか、と思った瞬間、画面の右端から淡い緑色のシャツを着た若い男が現れて向かいのホームを眺めながら何ごとか喋り始めた。
顔には白くのっぺりとした仮面。言葉の内容はよくわからない。アリバイがどうとかいう単語が聞こえたので、どうやら推理劇をホームビデオとして撮影しているようだ。
音があまり拾えてないし、淡々とした独白というスタイルでは、あまり出来が良いとは思えない。俺は高校生か大学生の学園祭での発表用かな、と当たりをつけた。あるいはその練習段階のものかも知れない。
目の部分にだけ穴が開いている白い仮面もおどろおどろしい感じはしない。ただ顔を隠しているというだけに見えた。何故隠しているのかはわからない。
列車も入ってこず、構内放送も流れない単調な映像をバックに素人の演技が延々と続き、このあと一体何が起こるのかと身構えていた俺もだんだんと拍子抜けしはじめた。
画面が時々揺れるので、据え置きではなく誰かがカメラマンをしているようだ。たった二人での撮影だろうか? それともこのあと別の登場人物が出るのだろうか、と思っているといきなり映像が途切れた。
また砂嵐だ。
師匠が早送りボタンを押す。しかし画面は砂嵐がそのまま続いていた。停止ボタンを押して、巻き戻しを始める。
師匠が口を開く。
「なにか変だったか?」
それはこっちが聞きたい。五万円もしたワケありビデオテープがこれなのか? あ、そういえば俺の出した七千円、師匠は返してくれる気があるのだろうか。
もう一度最初から再生する。
砂嵐の後、また駅の構内が映る。白い仮面の男が現れてカメラの前で喋る。ホームには電車も入ってこない。ざわざわした音に包まれている。単調な映像が続き、やがて途絶える。そして砂嵐。
同じだ。特に変な所はない。師匠の顔を見るが、俺と同じく釈然としない様子だった。
それからあと二回、俺たちは巻き戻しと再生を繰り返した。けれどやはり何も見つけられなかった。
「掴まされたんじゃないですか」
俺の言葉に師匠は欠伸で返事をして、不機嫌そうに「寝る」と言った。
そして布団を敷いて寝始めた。早業だ。俺はどうしたらいいんだろう。帰ろうかと玄関の方を見るが、なんだか気持ちが悪くて頭を振る。
あの黒谷という人が、「あのビデオ、やばいぜ」と言ったその言葉に何かただごとではない予感を抱いたことが頭にこびり付いているのだ。こんなもののはずはない。
俺はビデオデッキの取り出しボタンを押して、ビデオテープを引き抜く。光にかざしてもう一度まじまじと観察するが、多少古い感じがするものの、やはりありふれたテープだ。よく聞く名前のメーカー名が刻印されている。
血痕だとか、そういう不穏なものが付着していないか調べたが、ないようだ。ということはやはり内容になにかおかしな点があるのだろうか。
考え込んでいると師匠が眩しいという趣旨の寝言を発して寝返りを打ったので、電気を消してやる。
仄暗い豆電球の下で、俺はデッキに再びビデオをセットする。ウィィンという、くたびれたような音とともに再生が始まる。
砂嵐。駅の構内。白い仮面の男。独白。向かいのホームのわずかな人の流れ。微かに揺れる画面。そして砂嵐。
停止。巻き戻し。再生。
砂嵐。人のまばらな夜の駅の構内。白い仮面の男の緑のシャツ。演技じみた独白。向かいのホーム。もう一人が構えているらしいビデオカメラ。ざわめき。単調。そして砂嵐。
停止。
ため息をつく。何度見ても同じだ。なにもわからない。変な所と言えば、駅のホームに立つ白い仮面の男という非日常的な光景くらいだが、それも言ってしまえば、「それだけのこと」だ。
なにも寺で炊き上げ供養など頼む必要はない。ただ、あるとすれば俺の知らない情報を前提とした怪奇現象、例えば、そのビデオを撮影した時には誰もカメラの前にいなかったはずなのに、白い仮面の男が勝手に映りこんでいたとか、そういう怪談の類。
そんなことを考えて少し気味が悪くなったが、その仮面の男の存在感が生々しすぎてあまり怪談にそぐわない。どんなに斜めから見ても素人のホームビデオという体裁が崩れないのだ。
首を捻りながら、もう一度ビデオデッキに指を伸ばす。
再生。
砂嵐。突然映る夜の駅の構内。画面の端から現れる白い仮面の男。ホームに向いたままぼそぼそと喋る声。揺れる画面。ざわざわした駅の音。
その時、俺の中になにかの違和感が芽生えた。
なんだ?
なにかが変だった気がする。なんだろう。
そんな思いが脳裏を走った瞬間だった。
プワンという膨れ上がるような音が聞こえたかと思うと、カメラアングルの端、ホームの画面隅から弾丸のような塊が飛び込んできた。
電車だ。
電車が通る。ホームの中を。
その灰色の箱は残像の尾を引いて、画面の右から左へ走り抜けていった。俺は目を見開いてテレビの前、身体を硬くして息を止めていた。
あってはいけない光景だった。何度繰り返し再生してもなにも見つけられなかったはずのビデオが、急に手の平を返したように不気味な姿に変貌を遂げたようだった。
思わず首をすくめるように周囲を見回す。師匠のボロアパートの部屋の中は、豆電球の光の下で暗く静かに沈殿しているようだった。なにか恐ろしいことが起こるような前触れはない。耳鳴りもしない。
早くなった鼓動を意識しながら、もう一度画面を見る。
通過した電車が撒き散らした音が収まった後で、白い仮面の男が困ったような仕草を見せながらカメラに向かって「カット、カット」と言った。電車の音にかぶって、セリフが消えてしまったのだろう。
その言葉があまりに人間臭くて、ギリギリの所で俺の心を日常性の中に留め置いた。だからその後に起こった悲鳴にもなんとか耐えられたのだろう。
そう、悲鳴は画面の中で起こった。仮面の男がカメラに向かってカットのジェスチャーをしていた時、ホームの向かい側で大きな紙袋を抱えた女性がいきなり金切り声を上げたのだ。
ビクッとして仮面の男が振り返りながらそちらを見る。カメラもガクンと揺れた後で角度を変えてそちらに向けられる。
向かいのホームでは何人かが駆け寄ってきて、女性が悲鳴を上げながら指差す線路の辺りを身を乗り出すようにして見ている。
なんだろう。ホームを横から撮影しているカメラでは角度がないせいで下の線路は見えない。
ただ、直前に通過した電車のことを考えるとなにが起こったのか分かった気がする。
カメラがホームの先端に向かって近づこうとした時、「ちょっと」という乱暴な声がして何かがレンズを遮った。一瞬見えた制服の裾から、どうやら駅員に撮影を止められたのだと推測される。
暗くなった画面の向こうから、怒鳴り声と何かを指示する声が入り混じって聞こえてくる。そしてふいにブツンと再生が終わり、砂嵐が始まった。
俺は今目の前で起こったことを冷静に整理しようとする。
ビデオの内容が変わっている。
それも大きく。
どうしてそんなことが起こるのか考える。怖がるのはその後だ。
黙って画面を見つめている俺の前で砂嵐は続いている。暗い部屋で砂嵐を見つめ続けていると、変な気分になってくる。放射状の光に顔を照らし出されるとなんだかその下の身体の存在が希薄になって行くようだ。暗闇に自分の顔だけが浮かんでいるような気がする。
なにかをしようという気があったか分からないが、ほとんど無意識に人差し指がビデオデッキに向いた時、俺は気づいた。
巻き戻しだ。巻き戻しをしていない。この前の再生が終わり、砂嵐が始まったので停止ボタンを押した。その後、俺は巻き戻しをするのを忘れたまま再生ボタンを押したのだ。
そして砂嵐の続きから始まったビデオは、また白い仮面の男の一人劇を映し出し、さっきの電車が通り抜けた後のシーンで終わったのだ。
別の映像だったということか。
俺は興奮してすぐに巻き戻しボタンを押す。再生中の巻き戻しは画面が映ったままクルクルとめぐるましく動く。砂嵐が終わって、電車が左から右へ戻って行き、仮面の男がホームに向かってブツブツと何かを喋っている場面の後で、砂嵐に戻る。
そしてまたホームの光景が映し出されたのだ。白い仮面の男が映るだけのつまらない映像がまた途絶え、砂嵐に戻り、やがてガツンとぶつかるような音がして画面に緑色の「停止」の文字が浮かんだ。
整理する。
このビデオテープには砂嵐を挟んで二つ目の映像が入っていた。最初に師匠が早送りした時は、単に早送り時間が足りなかっただけらしい。そして二つの映像は同じ時間、同じ場所で撮影されたと思われる。恐らくなにかの映像劇のために、リテイクをしていたのだろう。
冒頭からほぼ同じ構図だったけれど、向かいのホームの人の配置など細かな違いがあり、感じた微かな違和感はそのためだったのだろう。そしてそのテイク2で、電車が構内を通ってしまったために登場人物の仮面の男がカットを要求した直後、なにかの異変が起こった。
恐らくは人身事故だ。
俺はテイク2で、電車が画面の端から姿を現す直前で映像を一時停止し、スロー再生のボタンを押した。
クックックッ、と画面はつっかえながら動き、ノイズが混じった汚い映像の中で俺は向かいのホームの右端にいるコートを着た人物をじっと追っていた。
電車が通り過ぎた後の騒ぎの中で、向かいのホームにそんなコートの人物がいたような気がしないからだ。
息を飲んで見つめている目の前で、コートの人物はゆらりと揺れたかと思うとホームの先端から線路に落ちた。そしてその直後に突っ込んでくる電車。通り過ぎた後の騒ぎ。
やはりだ。コートの人物が轢かれていた。あるいは死んだのかもしれない。
もう一度巻き戻して同じシーンを通常再生で見てみると、すべてはあまりに一瞬の出来事だったので、初見で見逃しても無理はないということが分かった。
仮面の男も、カメラを持っているもう一人の仲間も電車が通り過ぎてから女性が悲鳴を上げるまで、誰かが線路に落ちたことに気づいていない。
電車通過中のホームの様子からしても、誰も気づかなかったのは確かなようだ。
自殺だろうか。映像を見る限り、周囲に誰かいたようにはない。事故や、誰かに突き落とされたのではないとすると、やはり自殺か、あるいは立ちくらみや発作で転倒したのか。
何度か繰り返して再生していると、すっかり自分が冷静になっていることに気づく。それもそうだろう。人身事故の瞬間が映ったビデオテープとはいえ、人体が破壊される場面が映っている訳ではない。間接的に、事故があったと分かるだけだ。
それでも気味が悪いのには違いないが、世の中にはそういうグロいシーンがバッチリ映った悪趣味なビデオがあると聞く。そんなものに比べると物足りないのは確かだ。
五万円。
そんな単語が頭に浮かび、ついで七千円という単語も浮かんだ。
そして何の気なしに後ろを振り向いた。
その時、その夜で一番血の気が引く瞬間がやってきた。
布団に入っていたはずの師匠が俺の背後にいて、片膝を立てた姿勢で前を凝視していたのだ。その目は炯炯と輝いている。顔にはうっすらと微笑が浮かんでいる。
視線はビデオの画面に向いていて、その身体はすぐそこにいるのに、同時に遥か遠くにいるような感じがして声を掛けるのも躊躇われた。
固まったように動けない俺に、ふいに師匠は力を抜くように笑い掛けた。
「面白いな」
「面白くは、ないでしょう」
ようやくそれだけを返した俺は、画面に目を戻す。
砂嵐になっていた。
師匠が手を伸ばし、再生したまま早送りをする。キュルキュルとノイズが形を変えるけれど、画面はいつまでも砂嵐のままだった。やがてガツンとテープが止まり、自動的に停止状態での巻き戻しが始まった。
そうか、二つ目があったのだから三つ目の映像の有無を確認する必要があったのだ。
「死んだと思うか」
師匠が誰に聞くともなしに呟く。あのコートの人物のことだろう。
「たぶん」
轢死体ってやつだ。もしカメラが駅員に止められず線路を撮影していたら、と思うとゾッとする。
「あのオッサンが回してきたブツだ。それだけじゃないな」
師匠はニヤリと笑うと、「じっくり調べてみることにするけど、とりあえずもう寝る」と言って、また布団に横たわった。
俺はそれが大枚をはたいた負け惜しみのように聞こえて、なんだか残念な気分になった。納得いかない顔でテレビの前に座っている俺に、背中を向けたままの師匠がボソッと言葉を投げてよこす。
「ビデオの中は夏だ」
一瞬なんのことか分からなかったが、そう言われると仮面の男のシャツや向かいのホームの人々の服装を見る限り、暑い季節であることは確かなようだ。
そうして、わずかなタイムラグの後にようやく師匠の言わんとしたことに思い至る。
コートの人物は、まるでそこだけ異なる季節の中にいるかのような格好をしているのだ。
もう一度だけ、と電車の通過前のシーンを再生すると、その人物は全身を大きなコートで覆い、その手には手袋をして、目深に被った帽子と白いマスクで顔まで外気から包み隠していた。
ビデオの荒い映像では、全く人相が分からない。男か女かも。
ただ、帽子に隠れて見えないその目が、なぜかカメラの方を向いた気がした。
次の瞬間にその身体はホームから転落し、鉄の塊がそれをなめすように通り過ぎて行った。
ビデオを見た夜は結局師匠の家に泊まった。
次の日は朝イチの大学の講義をすっぽかし、二限目に出席した後でサークルの部室に転がり込んで、そのままダラダラと過ごした。
何人かで連れ立って学裏の定食屋で晩飯を喰らい、特にすることもないので解散。俺はその足でコンビニに寄り、賞味期限の切れかけた二十円引きのパンを買って自分のアパートに帰った。
五本千円で一週間借りているレンタルビデオから適当に二本ほど取り出してパンを齧りつつ見ていると、実に平均的な我が一日が終わった。
伸びをして、ああー、とかいう感嘆符が口をつき、それからベッドに倒れ込む。
ぶら下がった電球の紐を、横になったまま苦労して掴むと部屋の中は暗くなる。
そして掛け布団を被って目をつぶる。
奇妙なことが起こったのはその時だ。
閉じられた瞼の裏に、さっきまで明るかった電球の輪郭が映る。それは取り立てておかしくもない、寝る前のいつもの光景だ。
だが、その電球の輪郭とは少し離れた位置に、もうひとつ別の輪郭が映っていた。一瞬焼き付いた光が、わずかな視覚情報を脳に届けたあとですぐに拡散して消えていく。目を閉じたままそれをよく見ようとしても、幻のように溶けていってしまう。
瞼を開くと暗闇の向こうに天井があるだけだ。紐をつかみ、電気をつけてからもう一度目を閉じてみる。するとまた電球の輪郭がポッ、と虚空に浮かび、そしてレントゲン写真のような陰影を残しながら染み込むように消えていった。
今度はもう一つの別の輪郭は見えなかった。何度か目を瞬いたが、おかしなものは見えない。
なんだったのだろう。あれは。
瞼の裏に輪郭が映るほど光を発する、もしくは反射するものなんて天井にぶら下がっている電球以外ないというのに。
目を閉じた瞬間の、頼りない記憶を呼び起こす。
ベッドに寝転ぶ前にそんなものを見ていたはずはない。なんだか鼓動が早くなってきた。
電球の横に、無数の窓から光の漏れているビルを見ていたなんて。
息を深く吐き、その後軽く笑うように最後の息が漏れる。
今日見たレンタルビデオにそんなビルが出てきただろうかと考えながら、疲れた目頭を押さえて、電球の紐を手繰った。
次の日も大学の授業があった。一限目、二限目と真面目に出席したあと、昼食をとるために学食へ足を運んだ。
トレーを持って視線を巡らせると、いつもの指定席に師匠の姿を見つける。
「カレーですか」
向かいの席に腰掛けると、彼はスプーンを口に入れたままうっそりと頷く。
学食のカレーのLサイズは300円でお釣りがくるという低料金にも関わらず腹を空かせた学生の胃袋をそこそこ満足させてくれるボリュームを誇っている。もちろん味はともかくとしてだ。
「なにか分かりましたか」
俺の問いかけに、しばらく口をもぐもぐ動かしてから水を飲む。
「場所は、分かったよ」
「え? あのビデオの駅ですか」
「画面の端に、一瞬だけ次の停車駅が映っている。高遠駅だ。近隣の路線図を睨んでみたが、該当する駅名があった。間違いないだろう。その西隣の駅が、北河口駅、東隣が前原駅」
具体的な名前が出てきたが、ここでは駅名やそれに関連する名前は仮名とした方が無難なようだ。
「ビデオの中では次の停車駅の高遠駅が左向きの矢印で示されている。例の電車が向かった方向だね。そしてビデオを見る限り、向かいのホームには改札らしきものが見あたらない。
恐らく、改札側から撮影していたんだ。北河口、前原、両方の駅に電話で確認してみたけど、どちらも改札は南側にあった。ということは改札方向から向かって左側は方角でいうと西ということになるんだから……」
「ビデオが撮影された駅は、東隣の前原駅ですね」
そういうこと。と、師匠はもう一度スプーンをカレーの中に突っ込んだ。
前原駅か。よく知らない駅だ。県外なのに加え、特急や新幹線では止まらない駅のはずだ。
「他にはなにか分かりましたか」
師匠は口を動かしながら首を横に振った。
俺はついでに昨日の晩にあった奇妙な体験を話して意見を求めようかと考えたが、壁の時計をちらりと見てから急にカレーを食べるピッチの上がった師匠の様子から、どうやら急ぎの用があるらしいと思い、控えることにした。
空になったコップを目の前に差し出され、アイコンタクトの必要もなく俺は水を汲みに席を立った。
その日の午後はバイトがあった。駅の地下で洋菓子を売っている店があり、その店で焼く前の生地を作る作業場が駅の近くにあった。俺の仕事場だ。
いつも行列が出来ている流行りの店であり、店員も若くて可愛い女の子が多かったので、なにか楽しいことがあるかも知れないという淡い希望を抱いてバイト募集に応募してみたのだが、店舗スタッフは全員女性であり、男の俺は当然裏方の製造スタッフに回された。
冷静に考えれば分かることだったはずなのにと、俺は自分の軽率さを恨んだものだった。
ともあれ、そのころの俺は週に二、三日のペースで小麦粉やバターをこねまわしていた。
その店はJRの関連会社が経営していて、正社員は二人だけ。あとはみんなバイトだった。その正社員のうちの一人が北村さんといって、以前は駅員をしていたという経歴の持ち主だった。
その日も追加の生地の注文が多く入り、息をつく暇もなく働き続けた。別の駅にも支店を開いたので、冷凍して運ぶための生地も余計に作らなくてはならず、大行列の店舗に負けず劣らず裏方もしんどかった。
ようやく店が閉まる時間になり、こちらも片付けと掃除を始める。仲間同士の笑い声が聞こえる穏やかな時間だ。俺は隣で金属トレーを洗っている北村さんに話しかけた。
「駅員をやってるころに、ホームで自殺した人はいましたか」
「いたいたぁ。掃除もしたよぉ」
ずり落ちそうになる眼鏡を指で上げながら北村さんは明るく喋る。四十代も半ば過ぎだったはずだが、そのキャラクターでバイトたちからは愛されていた。
線路での人身事故は悲惨だ。
車輪に巻き込まれて原型をとどめない死体。轢断されて飛び散った肉片。
それらを片付けるのは駅員の仕事なのである。
生存していたら救急隊員が到着するまで担架に乗せるなどして保護するが、全身バラバラになっているような場合は出来る限り体のパーツを集めて白い布で覆っておく。そうした即死状態の場合は、あとで交通鑑識の現場検証があるまで救急隊のほうで引き取ったりはしない。
そんな死体のそばにいるのは本当に気持ちが悪く、早いところ警察が来てくれるのを祈ったものだった。
……そんなことを北村さんはやけに楽しそうに話す。
「特に停車駅だと減速しているから、スパッといかないのよ。巻き込まれてぐちゃぐちゃ。そんな時はこう、バケツいっぱいに肉を、つまんでね、金バサミで、入れていくわけよ。いや、あれはホントに肉料理は無理だったぁ。にさんにち」
身振り手振りが大きすぎたのか、「喋る間に、手を動かす」と後ろから怒られた。店長も頭が上がらないバイトのおばちゃんだ。
仕方なく、後片付けをすべて終えてから控え室でもう一度北村さんに話しかける。
「前原駅? あんまりそっちは知らないなぁ」
俺は、師匠と見たビデオの事故のことを説明した。大した期待をしたわけではない。元駅員の立場から、なにか知っていることがないかと軽い気持ちで聞いたのだ。
すると北村さんはなにかを思い出した顔をして、肩をすくめると、そっと俺の耳に口を寄せてきた。
「サトウイチロウを片付けたら呪われる」
ひそひそとそんな言葉が耳に入る。俺は思わず体を硬くする。
「そんな噂があったのよ」
顔を離すと、一転して明るい口調に戻り、眼鏡をずり上げる。
「あっちの方のエリアで、人身事故が多かったらしくてね。それも身元不明の。なんとかっていうらしいね。無縁仏、じゃない、なんか難しい言い方。まあその無縁仏、仏さんの死体を片付けたら、なんか良くないことが起こるって噂が広がってたらしいよ」
噂と言っても、駅関係者の間でだけひっそりと口伝えされる、裏の話だ。
「サトウイチロウって、なんなんです」
「ほら、無縁仏だったら、さ、名前も分かんないじゃない。だから、みんなサトウイチロウ」
業界用語というやつか。一般人には分からない隠語なわけだ。
映画界では監督が撮影中に降板した場合など、アラン・スミシーという偽名がクレジットされることがあるそうだ。ふとそれを思い出した。
「どんな呪いがあるんですか」
北村さんは、腕組みをして必死で思い出そうとしていたが、最終的に二カッと笑うと「忘れた」と言った。
かわりに、その噂のことをよく知っている先輩が市内に住んでいるから、知りたければ話を聞きに行くとよい、と教えてくれた。
「もう引退してるから、多分話してくれると思うよ。日本酒を持っていけば」
俺はその住所を聞いてから、お礼を言った。もうみんな帰ってしまって、仕事場は俺たちだけになってしまっていた。
腰を上げながら、北村さんは言った。
「オバケの話が好きなんだねぇ。ここにも出るらしいよ。まえ、ここが食堂だった時に、バイトのおばちゃんたちが見たって」
俺はなにも感じなかったけれど、話を合わせて首をすくめた。
仕事場を出て北村さんと別れたあと、駅前で一人ラーメンを食べてから帰途に着く。途中、百円ショップに寄ってバナナとベビースターを買い込んだ。
それらをお供に寝転がってレンタルビデオを見るのが至福の時だった。
部屋に帰り着き、風呂に入ってからさっそくビデオをセット。もうテコでも動かないぞ、という気持ちが沸いてくる。
そのころにはすでに明日の一限目が始まる時間に起きられるように、などという殊勝なことはあまり考えなくなっていた。
結局残りの三本とも見終わったときには夜中の三時を回っていた。
伸びをしてから、目覚ましを手に持ち、何時にセットしようか考えてから、やっぱりめんどくさくなり、運命に身を任せることにしてベッドに向かう。
明かりを消す。
すると目の前に、不思議な光が現れた。
いや、光の残滓か。
それは夜景だった。
極小の光の粒が薄く左右に伸びている。まるで離れた場所から街を見ているような……
すぐに目を開ける。光の幻は消え去る。昨日とまるで同じだ。もう一度目を閉じる。かすかに光の跡が見える。ギュッと目を瞑ると、一瞬その輪郭が強く浮き出る。
けれどそれもやがて消える。
俺は闇の中で息を殺しながら考える。夜景なんて直前には見ていない。ビデオを見終わって、すぐにテレビも消した。もちろん最後に見ていたビデオにもそんなシーンは出ていなかった。
一本目のビデオに一瞬だけ夜景が映っていたような気がするが、もっと遠景だったし、なにより六時間も前に見たシーンがずっと瞼に焼き付いていたなんてことがあるとは思えない。
なにか嫌なことが起こりそうな予感がする。
師匠の部屋で、あのビデオを見てからだ。これは偶然なのか。
(あのビデオ、やばいぜ)
呪いのビデオ? ビデオの呪い?
記憶の影に、もう一度夜景の幻視を覗く。
離れた場所から見た街の光。それはいつか見た、夜の中を走る電車の窓からの光景であるような気がした。
(サトウイチロウを片付けたら呪われる)
呪われる。呪われる?
なんだろう。訳も分からず、ただ恐怖心だけが強くなってくる。夜は駄目だ。今だけはなにも起こらないで欲しい。
ベッドの上で、身体を縮めて俺は周囲の気配に耳をそばだて続けた。
913 :ビデオ 中編 ◆oJUBn2VTGE :2009/02/14(土) 22:59:37 ID:0JItplbL0
次の日、昼過ぎに目覚めた俺は師匠の家に電話をした。
十回ほどコール音を聞いたあと、受話器を置く。続けて携帯に掛けるが、電源が切れているか、電波が届かない場所にいるらしいことしか分からなかった。
仕方なく、昨日北村さんに聞いた元駅員という先輩の家を訪ねてみることにした。授業に出るという選択肢など、とっくに吹っ飛んでしまっている。
財布の中を確かめて、買って持っていく日本酒の銘柄を決める。散財だ。ビデオが何本借りられると思ってるんだ。
家を出て、自転車に乗る。
陽射しが眩しい。ここ数日涼しかったのに、今日はやけに暑い。今年もまた夏が来るらしい。
道路沿いをこぎ続けて、ようやくその住所にたどり着く。住宅街の中のごくありふれた民家だ。
チャイムを鳴らし、用件を告げる。
吉田さんというその六十代の男性は、日本酒を掲げて北村さんの紹介だと告げた途端に、玄関の奥へ顔を突っ込み、「かあさん、お客だ。お客。お茶を出しなさい」と怒鳴った。
そして家の中に招き入れられる。
一体、北村さんの名前と日本酒、どっちが利いたのか分からなかったが、話し好きであることは間違いないようだった。
客間の座椅子に腰掛け、勧められるままに煎餅に手を伸ばしながら、北村さんと同僚だった時代の昔話をしばし拝聴する。
本題を切り出す前の脇道だったので、適当に相槌を打っていたのだが話術のせいなのか、これが意外と面白くいつの間にか聞き入ってしまっていた。
始発の直前に寝坊して、時間との戦いの中そのピンチを切り抜けた話など思わず手に汗握ってしまったほどだ。
やがて喉が渇いたと言い出した吉田さんは、テーブルの上の日本酒をじっとりと見つめる。
次の日、昼過ぎに目覚めた俺は師匠の家に電話をした。
十回ほどコール音を聞いたあと、受話器を置く。続けて携帯に掛けるが、電源が切れているか、電波が届かない場所にいるらしいことしか分からなかった。
仕方なく、昨日北村さんに聞いた元駅員という先輩の家を訪ねてみることにした。授業に出るという選択肢など、とっくに吹っ飛んでしまっている。
財布の中を確かめて、買って持っていく日本酒の銘柄を決める。散財だ。ビデオが何本借りられると思ってるんだ。
家を出て、自転車に乗る。
陽射しが眩しい。ここ数日涼しかったのに、今日はやけに暑い。今年もまた夏が来るらしい。
道路沿いをこぎ続けて、ようやくその住所にたどり着く。住宅街の中のごくありふれた民家だ。
チャイムを鳴らし、用件を告げる。
吉田さんというその六十代の男性は、日本酒を掲げて北村さんの紹介だと告げた途端に、玄関の奥へ顔を突っ込み、「かあさん、お客だ。お客。お茶を出しなさい」と怒鳴った。
そして家の中に招き入れられる。
一体、北村さんの名前と日本酒、どっちが利いたのか分からなかったが、話し好きであることは間違いないようだった。
客間の座椅子に腰掛け、勧められるままに煎餅に手を伸ばしながら、北村さんと同僚だった時代の昔話をしばし拝聴する。
本題を切り出す前の脇道だったので、適当に相槌を打っていたのだが話術のせいなのか、これが意外と面白くいつの間にか聞き入ってしまっていた。
始発の直前に寝坊して、時間との戦いの中そのピンチを切り抜けた話など思わず手に汗握ってしまったほどだ。
やがて喉が渇いたと言い出した吉田さんは、テーブルの上の日本酒をじっとりと見つめる。
どうぞどうぞと手を広げて勧めると、それじゃ遠慮なく、と棚から持ってきたコップを脇に置き、栓を開けようとした。不器用な手つきでなかなか開けられないのを見て、こちらでやってあげる。
こう暑いと、燗なんてしてられないねぇ、などと言いながら吉田さんはぐいぐいコップを傾けはじめる。
俺はようやくここにきた理由を思い出し、目の前の禿げ上がった頭に赤みが差してくるのを見計らって、本題をそっと切り出した。
「サトウイチロウ?」
吉田さんは一瞬、怪訝そうな顔をしたあと、すぐに口をへの字に結ぶ。
「懐かしい名前だねぇ」
言葉とは裏腹に表情はちっとも懐かしそうではない。恐れを呑んだような、強張った顔だった。
そしてポツリポツリと過去を掘り起こすように語りだす。
昔、吉田さんが駅員になって十年ほどしか経っていない、まだ若いころの話だ。県外のある駅に転勤して間もないころ、その駅の助役から茶飲み話の中で、奇妙な噂を聞かされた。
曰く、「サトウイチロウの死体を片付けると呪われる」と。
ははぁ、サトウイチロウというのは、鉄道事故で死んだ身元不明者を表す隠語だなと、彼はあたりをつけた。
ところが助役はかぶりを振るのである。
ただの無縁マグロじゃねぇ。サトウイチロウはそういう名前のマグロだと。
吉田さんは首を捻った。過去にそういう名前の轢死体が出たとして、それがどうだと言うんだろう。エジプトのミイラの呪いのように、その死体を処理した人間になにかおかしなことが立て続いたのだろうか。
けれどそれにしても噂から受ける感じが変である。まるでその死体を、これから片付けるようではないか。
助役はニタリと笑ってから、続けた。
「何度も死ぬのさぁ。サトウイチロウは。片付けても片付けても、おんなじ格好で駅に現れてさ、また飛び込みやがるのよ。何度も、何度も」
ゾクリとして、吉田さんは湯飲みを取り落とした。
そこまで聞いて、俺は思わず話を遮った。
「待って下さい。サトウイチロウって、そういう事故死した人の総称じゃないんですか」
吉田さんは話の腰を折られたことに鼻を鳴らしながら、違うよと言った。
「同じ人間なんだよ。サトウイチロウって名前の。そいつが何度も死ぬんだ。列車に飛び込んで。オレたち駅員が片付けて、警察が来て、身元不明だって言って引き取って行って、それで何年か経ったら、またフラッと別の駅に現れるんだよ。
いや、誰も生きて動いている所を見ちゃいない。ただ、列車に轢かれているのを発見されるんだ」
北村さんの話と違う。同じ人間だって? そんなことがあるはずがない。
「じゃあ、死体を誰かが投げ込んでるんですか」
「違うね。生体反応ってのがあるんだろ。事故なのか自殺なのかも不明で、目撃者もいない変死体だから、解剖されるはずだ。死体損壊事件だったなんて聞いたことがないね。少なくともオレのときは……」
そこで吉田さんは言葉を切った。
ドキドキしてくる。邪魔しないというジェスチャーをして、先を促した。
その噂を聞いてから五年ほど経ったころ、吉田さんはまた別の駅に転属になっていた。雪がちらつく寒い日に、宿直室の掃除をしているとホームの方から急に悲鳴が上がった。
慌てて駆けつけると先輩の駅員が線路に降りて何ごとか怒鳴っている。見ると、線路の周囲に薄く積もった白い雪の上に、赤いものが飛び散っている。
マグロだ、とすぐに分かった。それもバラバラだ。そういえば直前に特急が通過している……
救急隊員が到着したが、その場に立っているだけでなにもしてくれない。警察も第一陣として二人駆けつけてきたが、現場検証もそこそこに、死体を全部集めろと命令口調で言う。仕方なく自分たちで、散らばった肉片を掻き集めた。
血の匂いが鼻をついて堪らなくなり、手ぬぐいでマスクをしてその嫌な作業を続ける。内臓も気持ちが悪いが、生半可に見慣れた人体の部品が雪の上に落ちているのを見るのは、吐き気のするおぞましさだった。
唇の切れ端や、指の関節。紐のついた眼球は血が抜けて、ひしゃげしまっている。
駅員としても中堅どころに差し掛かり、何度か事故は経験しているが、こんなえげつない死体を扱うのは初めてだった。
ようやく一通り片付いて、悴んだ手をストーブにあてていると、そばで遺留品を確認していた警察官が財布を手に取って、それを開いたまま読み上げるようにボソリと呟くのを聞いた。
「……さとう、いちろう」
その時、五年前に聞いた噂が脳裏に浮かび上がってきた。
『サトウイチロウの死体を片付けると呪われる』
今、マグロの財布にその名前が書いてあったのだ。
(サトウイチロウの死体を、片付けてしまった)
嫌な汗がだらだらと流れて、ストーブの火にも乾かず、地面に落ちていった。
それから何日か経って、警察からの情報を受けた駅長から事件のあらましを聞いた。
死体の身元は不明。事故の瞬間を目撃した者はいなかったので、はっきりしたことは分からないが事件性はないものと考えられているらしい。
線路上に散らばった所持品の中に財布があり、そこにサトウイチロウのネームがあることから、名前だけはそのようだと知れたに過ぎない。
サトウイチロウだ。何度も現れて、何度も死ぬ。誰も正体を知らない。ごくり、と喉が鳴る音がした。それが自分のものなのか、青い顔をして隣に立つ先輩のものなのか、分からなかった。
「偶然、でしょう」
俺は、軽い口調を装った。
吉田さんはコップを深く傾け、息をついた後で口を開いた。
「違うな。ありゃあ、亡霊だか妖怪だかのたぐいなんだよ。確かに足もあれば、手もある。目の前からひゅっと消えちまう訳でもねぇ。それでも、それがまともな人間だなんて、誰にも言えないんだ。
なにせ、その足やら手やらがくっついた状態で、生きて、動いているところを、誰も見てねぇからだ。オレはたくさんの先輩から噂を聞いたよ。
同じなんだ。サトウイチロウは、いろんな駅で死んでる。いつもバラバラになって。それも決まって身元不明だ。分かるのは名前だけ。そして誰も死ぬ瞬間を見てねぇ。あれは、最初から最後まで、死体なんだ」
ガチャリ、とドアが開いて奥さんが水を持ってきた。
おお、ちょっと飲み過ぎた。吉田さんはそう言って水を受け取る。奥さんはまだ中身の残っている日本酒のビンを取り上げるように持って行ってしまった。
同一人物なのか、それともたまたま同じ名前の人が事故に遭っているのか。いや、同一人物だなんてことはありえない。轢死体が蘇り、また別の駅に現れて同じ轢死体になるなんてことは。
そもそも、これは噂なのだ。狭い業界内のオカルトじみた噂話。聞き手の俺にとって、ある程度信用に足るのは、吉田さん自信が経験した事故の話だけだ。
吉田さんがその噂を聞いたという先輩たちは、よくある『フレンド・オブ・フレンド』に過ぎない。どこまで行っても発生源が分からない、「人づて」が作る奇妙な幻だ。
とりあえず、俺はそう思うことにした。
水の入ったコップを持ったまま、もう片方の手で頭を押さえる吉田さんを見て、そろそろおいとましようと腰を浮かしかけた時だった。
俺はふと思いついたことを何気なく口にした。
「サトウイチロウを片付けた呪いは、どうなったんです?」
ぴくりと反応があり、吉田さんは赤い顔をしたまま口の中でぶつぶつと何ごとか呟く。
そして俺の方に、頭を押さえていた手を向けてぶらぶらと振って見せた。その手には小指と薬指、そして中指の第一関節から先が無かった。
「さっきから見てるじゃねぇか」
嘲笑するでもなく、嘆くでもなく、ただひんやりとした力ない声だった。
帰り道、自転車を降りて手押ししながら吉田さんから聞いた話のことを考えていた。これは、不思議だね、では済まない、呪いの絡んだ話なのだ。
吉田さんの後輩である北村さんには、まともに伝わっていなかったことは確かだ。北村さんはサトウイチロウを、身元不明のマグロ、轢死体すべてを表す隠語だと思っていた。
しかしそれも仕方ないだろう。同じ人物が何度も死ぬなんて、想像もしていないだろうから。
そんなことを考えていると、一瞬、目の前に何か大きな影が走ったような気がした。
キョロキョロと周囲を見る。
左右には住宅街の色とりどりの壁がずらっと並んでいて、平日の昼間にその道を通っているのは俺ぐらいのものだった。
なんだろう。
まばたきをした時、また違和感が走った。
目の前に白いセダンが停まっている。路肩に寄ってはいるけれど、通行の邪魔になっているのは間違いない。太陽の光を反射して、ボディが眩しく輝いている。
もう一度、こんどはグッと目を閉じると、そのセダンが瞼の裏にくっきりと浮かび上がる。光を反射する白い部分と、吸収する黒い部分のコントラストが強調される形で。
その少し左。道路の真ん中で、なにもないはずの場所に、もう一台別の車の陰影が見えた。
ギュッと目を力を込めると、瞼の裏に映るものたちの姿が一瞬濃くなり、そしてやがて薄れていった。
目を開けると車は一台しかない。路肩の白いセダンだ。けれどさっき瞼の裏には、確かにもう一台の車、それも軽四のシルエットが浮かび上がっていた。
その場で足を止めてバチバチとまばたきを繰り返すが、もう白いセダンのものしか見えなかった。
どうやら昨日と一昨日の夜に見た幻と同じものだと感じた。すぐに電話を取り出し、師匠の家に電話をすると、当人が出た。今から寄るけど、いいですかと聞いてから自転車に跨る。
案外冷静だ。やっぱり、怖いことは昼間起こるに限る。
などと一人ごちても、ペダルをこぐ足が速くなるのは止められない。
師匠のアパートの前に自転車を停め、部屋に上げてもらう。
「かくかくで、しかじか」
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